「LV45の境界」
### 短編 「LV45の境界」
社員Aは、自分のことを「LV45までの人間だ」と思っていた。
それ以上でも、それ以下でもない。
昔は違った。
もっと上を目指せると思っていた時期もある。
だが現実は静かに教えてきた。
無理をすると壊れる。
気合いを入れると翌日動けなくなる。
期待されると、それだけで呼吸が浅くなると言われた
自分ではわからないがそうなんだろう。
だから社員Aは、ある時から自分の中に“見えない目盛り”を作った。
LV45。
それが限界だと、なんとなく分かっていた。
ある日の職場。
同僚が、軽やかに仕事をこなしていた。
判断が早い。
言葉が的確。
周囲からの評価も高い。
社員Aは、それを見て少しだけ思う。
「自分はあそこまでは行けないな」
だが同時に、不思議な感情もあった。
嫉妬ではない。
焦りでもない。
ただの観察だった。
「この人はLV48くらいかもしれない」
そんな風に、頭の中で静かに整理する。
そしてもう一つ、必ず確認することがあった。
――この人は、どこかで無理をしていないか。
よく見れば、その同僚にも癖があった。
早口になるとき。
少し無理に笑う瞬間。
完璧に見える人間にも、わずかな揺れがある。
社員Aは、それを見て少し安心する。
「ああ、同じ人間だ」
そう思えるだけで、心が少し落ち着いた。
社員Aは、他人を自分より上に置きたいわけではなかった。
かといって下にも置かない。
ただ「違う速度で生きている」と理解していた。
ある日、若い同僚が愚痴をこぼしていた。
「もう無理っすよ」
周囲は軽く笑って流した。
社員Aは、少しだけ黙って聞いていた。
愚痴は弱さではない。
処理しきれない負荷の排出。
それを知っていた。
昔の自分も、同じように詰まりかけていた。
だから否定しなかった。
ただ、言葉はかけなかった。
代わりに、自分の中で静かに整理した。
「今はLVが上がる途中なんだろう」
それ以上でも、それ以下でもない。
仕事が終わった帰り道。
社員Aは一人で歩いていた。
空は薄く明るい。
風は冷たくない。
疲れてはいるが、壊れてはいない。
それが一番大事だった。
ふと、思う。
自分はどこまで行けるのだろうか。
LV45。
それは諦めではなく、観測値に近かった。
これ以上上がるかもしれないし、上がらないかもしれない。
ただ一つだけ確かなことがある。
壊れたら、そこで終わる。
だから無理はしない。
他人の評価より、自分の安定を優先する。
それは逃げではなかった。
生き延びるための技術だった。
そしてその夜、社員Aはもう一つだけ気づく。
自分は、少しできる人間を見るとき、必ずどこかで思っている。
「すごいな」
その感情は、嫉妬ではなく、純粋な確認だった。
世界には、自分とは違う速度で進む人間がいる。
それでも、自分の速度で歩いていても、まだここに立っている。
それで十分だと、初めて思えた。




