表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退職と10年の忍耐  作者: 中村 忠政
8/8

「十万円と二十万円の世界」

### 閑話 「十万円と二十万円の世界」


社員Aは、

生活資金感覚の違いを、

ずっと感じていた。


大金持ちの話ではない。


月十万円。


月二十万円。


たったそれだけの違い。


だが、

生きている感覚が違った。


十万円。


家賃。


食費。


光熱費。


それで、

ほとんど消える。


教科書は買う。


必要だから。


だが、

欲しい本は買えない。


雑誌も我慢する。


お菓子も、

少し迷う。


旅行など、

頭に浮かばない。


自動車も、

「欲しい」

ではなく、

「無理」

で終わる。


学ランも、

流行のジーンズも、

値札を見た瞬間に諦める。


「高い」


その一言で終わる。


一方、

月二十万円。


贅沢できるほどではない。


だが、

違う。


本当に欲しい服なら、

考えた上で買える。


旅行も、

計画すれば行ける。


高すぎない車なら、

現実になる。


「不可能」

ではなく、

「選択肢」

になる。


この差を、

社員Aはずっと見ていた。


周囲は、

簡単に言う。


「そんなの気にするな」

「心の問題だ」


だが、

現実には違った。


資金感覚は、

人格にまで影響する。


余裕がないと、

人は狭くなる。


嫉妬も起きる。


嫌味も言いたくなる。


「いいよな、お前は」


そういう言葉が、

喉まで出る。


愚痴も増える。


繰り言みたいに、

同じ不満を何度も考える。


社員Aは、

それを悪だとは思わなかった。


余裕がない人間が、

余裕のある人間を見て苦しくなる。


ある意味、

当然だった。


問題は、

そこからだった。


腐るか。


乗り越えるか。


社員Aは、

乗り越えるのに十年かかった。


本当に長かった。


途中で何度も、

嫌になった。


比べた。


落ち込んだ。


ひねくれた。


だが、

少しずつ気付いた。


二十万円の人間は、

最初から悪意で生きているわけではない。


ただ、

見えている世界が違う。


十万円側の苦しみを、

知らないだけだ。


逆に、

十万円側も、

余裕のある人間の努力や責任を知らない。


お互い、

見えていない。


社員Aは、

ようやく少しずつ、

その差を受け入れ始めた。


羨ましいものは、

羨ましい。


苦しいものは、

苦しい。


だが、

それを誰かへの憎しみに変え続けると、

自分が壊れる。


だから、

少しずつ変えた。


欲しいなら、

少しずつ近づく。


買えないなら、

今は無理だと認める。


そして、

僻むだけで終わらない。


普通になるまで、

十年かかった。


本当に大変だった。


だが社員Aは、

十年かけて、

ようやく理解した。


――人は、

金額そのものより、

「選べない苦しさ」

で傷つくのだ、と。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ