「十万円と二十万円の世界」
### 閑話 「十万円と二十万円の世界」
社員Aは、
生活資金感覚の違いを、
ずっと感じていた。
大金持ちの話ではない。
月十万円。
月二十万円。
たったそれだけの違い。
だが、
生きている感覚が違った。
十万円。
家賃。
食費。
光熱費。
それで、
ほとんど消える。
教科書は買う。
必要だから。
だが、
欲しい本は買えない。
雑誌も我慢する。
お菓子も、
少し迷う。
旅行など、
頭に浮かばない。
自動車も、
「欲しい」
ではなく、
「無理」
で終わる。
学ランも、
流行のジーンズも、
値札を見た瞬間に諦める。
「高い」
その一言で終わる。
一方、
月二十万円。
贅沢できるほどではない。
だが、
違う。
本当に欲しい服なら、
考えた上で買える。
旅行も、
計画すれば行ける。
高すぎない車なら、
現実になる。
「不可能」
ではなく、
「選択肢」
になる。
この差を、
社員Aはずっと見ていた。
周囲は、
簡単に言う。
「そんなの気にするな」
「心の問題だ」
だが、
現実には違った。
資金感覚は、
人格にまで影響する。
余裕がないと、
人は狭くなる。
嫉妬も起きる。
嫌味も言いたくなる。
「いいよな、お前は」
そういう言葉が、
喉まで出る。
愚痴も増える。
繰り言みたいに、
同じ不満を何度も考える。
社員Aは、
それを悪だとは思わなかった。
余裕がない人間が、
余裕のある人間を見て苦しくなる。
ある意味、
当然だった。
問題は、
そこからだった。
腐るか。
乗り越えるか。
社員Aは、
乗り越えるのに十年かかった。
本当に長かった。
途中で何度も、
嫌になった。
比べた。
落ち込んだ。
ひねくれた。
だが、
少しずつ気付いた。
二十万円の人間は、
最初から悪意で生きているわけではない。
ただ、
見えている世界が違う。
十万円側の苦しみを、
知らないだけだ。
逆に、
十万円側も、
余裕のある人間の努力や責任を知らない。
お互い、
見えていない。
社員Aは、
ようやく少しずつ、
その差を受け入れ始めた。
羨ましいものは、
羨ましい。
苦しいものは、
苦しい。
だが、
それを誰かへの憎しみに変え続けると、
自分が壊れる。
だから、
少しずつ変えた。
欲しいなら、
少しずつ近づく。
買えないなら、
今は無理だと認める。
そして、
僻むだけで終わらない。
普通になるまで、
十年かかった。
本当に大変だった。
だが社員Aは、
十年かけて、
ようやく理解した。
――人は、
金額そのものより、
「選べない苦しさ」
で傷つくのだ、と。




