第11章 学校職員 美帆
「3日間の試験、お疲れ様でした。この放送を教室で聞いている受験生は合格です。まずは、おめでとうございます」
校内で放送が流れている。今年もダンジョン入試の季節になったわね。
こんなおかしな制度を作ったのは、あたしのせい。
子どもの頃から、女子になりたいって、パパやママにさんざん言い続けた。洋服も髪型も持ち物も、なにもかも、女子として生活してきた。お手洗いも、女子用じゃないと使えないって、わがままを言い続けた。
パパが、このL高校の校長をしてたとき、あたしがどうしても入学したいって、駄々をごねた。丁度トランスジェンダーの議論が世間で起こった時代だった。いろんな学者と相談し「女子大も女子高も、これからは女性だけに限定しては行けない」なんて、当時はだれからも笑われそうな論調をこしらえた。職員の合意を得て、こっそり募集要項に入れた。
学校評議会、PTAからは、相当反対意見が出たらしい。生徒に話が漏れて、大騒動。でもパパは頭が良かった。もっともらしく理論武装して、懐柔しつつ、現実的な落としどころを提案して、話を収めた。それがこの3日間のダンジョンという入試制度。
要は「「雄」特有の、攻撃性、特に性的な積極性」がないかどうか、それが本人の意思だけにとどまらず身体に眠っているものも含めて。いろんな状況で、時にはトラップのような状況をつくりだして、観察、問題なければ入学を認める、ということだった。
あたしが第一回の受験生。一人だけ...とおもったけど、実は話を聞いてかけつけた受験生が、何人もいたと、あとから聞いた。
あたしは、いろんな状況に耐えられた。普段から、ママとお風呂に入ったり、ママと一緒の布団に寝たり。中学生なのに、そんな子だったから。
寮で、大浴場に案内されても、何とも思わなかった。大人の女子の裸なんて、普段家で見慣れてるもん。もちろん、あたしが全然大人の女子っぽくならないのは自覚してた。
でも、寮で寝るとき、さすがにホームシックにかかった。同室のお姉さんに「一緒に寝てください」って、泣きながらお願いした。お姉さんにしがみつきながら朝まで寝た。
次の日、朝起きたら、レッドカードを渡された。昨晩の様子は、さすがにちょっと、ってことらしい。残念だった。
単にあたしが、年の割に幼すぎただけだった。子どもの頃から、なにも成長してなかっただけ。あたしは、パパとママから、もっと大人にならなきゃって言われた。その後ママも、お風呂や添い寝は一切してくれなくなった。
滑り止めと思ってた高校では、幸い、女子の制服で通学できた。
次第に身体が成長してきた。今まで全く成長しなかった、男子としての特徴が、自分からも周りからも、見て取れるようになった。
いままで、女子としての人生しか考えたことがなかった。そんな思いを裏切るかのように、身体に雄の部分が増えてしまう。悩んだ。自分の身体をうらめしく思ったりもした。
その間、パパもママもなにも言わなかった。
改めて、心に決めた。これからも、女性として生きる。女性として成長していく。
専門学校にも進んだ。その間に、自分なりに、トランス女子として大人になったと思う。
運良く、学校事務だったらと言うことで、かつて不合格となったこの学校に就職できた。パパには本当に感謝している。
働き始めたら、仕事を教えてくれた先輩が、あの受験のとき添い寝してくれた先輩だった。「あのときは大変だったよ、でも美帆の心の支えになりたい一心で、心をこめてたんだよ」赤面した。すっかりオトナになってよかった、とも。
ダンジョンの入試制度は、一部で評判になり、翌年から、毎年10人弱の受験者を迎える。でも合格者は、各年0~2名ってところかな。その上、卒業まで在籍しない子も一定数いる。
トランスを受け入れる女子校が、他にも増えてきていると聞いた。あたしのわがままは日本を変えたかもしれない。
でも、あたしのおかげで、添い寝添い寝って、さんざん確認されてるって、さすがにはずかしいわ。あたしみたいに幼い子、さすがにその後は受験してないんじゃないかな。
「入学後も3年間のダンジョンと感じるかも知れません。学校はなにも仕掛けないのですがね」
あたしは、生徒とあまり接触しないセクションで働いている。毎年の新入生の顔は、一通り眺めている。トランスの子って、だいたい、一目で分かる。この女子校には入れたことで、ますます幸せになってくれたらいいな。あたしがあのまま入学してたら、どうなってたのかな。
「ドロップアウトしても構いません。自分をいじめないでください。自分の幸せを見つける場にして下さい」
自分をいじめない、他人をいじめない。パパの頃から、この学校で繰り返し説かれているセリフらしい。




