第六話:指導方法の対立
翌朝の早い時間に、シオンはカイルの私室を訪ねた。朝の光が、私室の冷たい空気をわずかに照らしている。総隊長の命令に従い、リオナの指導に対する意見交換を二人で行うためだった。
シオンは穏やかに資料を広げたが、カイルは苛立ちを隠さず、腕を組んだまま話し始めた。
「一次覚醒者の能力の完璧な引き出しこそが最優先されるべきだろう。感情的な甘やかしなど不要だ!」
カイルは、昨日のシオンの騎士道的な振る舞いや、リオナへの献身的な気遣いを思い出し、その全てを「非効率な甘やかし」として切り捨てることで、己の指導法を正当化しようとした。
その言葉にシオンはため息をついて肩を竦めた。
「カイル、貴殿の理論は、完全な能力者に対してのみ通用する。一次覚醒者の魂の安寧なくして、安定した能力の開花はありえない。昨日のリオナ様の魔物化寸前の状態を見ただろう。あれが、貴殿の指導の結果だ」
シオンは、静かに語気を荒くする。
「――そもそも今回総隊長が私をここに派遣した理由を考えてみろ。貴殿の指導が完璧であれば、私が来る必要などなかった。昨日、リオナ様の手を取りわかったが、総隊長が懸念していた通り、彼女の精神は疲弊し、明らかに傷ついていた。貴殿の傲慢さがリオナ様に悪い影響を与えたのは自明だったのだ」
シオンは、カイルの過去の失敗と、リオナへの心無い扱いという、最も痛いところを冷静な論理で突いた。
「このままでは、リオナ様をここから連れ出さなくてはならなくなる。貴殿ひとりでは、彼女を二次覚醒に導けないだろう」
「……」
カイルはシオンの言葉が論理的に正しいことがわかっていた。リオナの魂の揺らぎは、ガイディングをする自分に最も強く伝わっていた。そして、リオナがシオンに対して心を開き、安らぎを得ていることも事実だった。
嫉妬と屈辱に唇を噛みしめるしかなかった。彼のプライドは、シオンの「正しさ」の前に、ガラガラと音を立てて崩れていく。
シオンは、カイルの動揺を見逃さず、静かに、そして最終通告のように言葉を継いだ。
「カイル。貴殿は、リオナ様にとって運命の相手かもしれない。だが、運命は選択するものだ。このままでは、リオナ様は貴殿の支配から逃れるため、自ら貴殿から離れることになるだろう」
「リオナ様を本当に導きたいのなら、貴殿の支配的な方法を改め、私が提案する『献身的な指導』を受け入れろ。さもなければ、総隊長に進言し、リオナ様の指導権を全面的に私が引き継ぐ」
シオンの瞳には、リオナへの深い敬意と、カイルへの静かな怒りが混在していた。カイルは、生涯初めて、自分の運命の相手とガイドとしてのプライドを、他者によって脅かされたのだった。
昼食の時間。辺境の施設にある小さなダイニングテーブルに、三人が向かい合った。テーブルには、リオナが手際よく作った、シンプルなスープとパン、それに野菜のソテーが並んでいる。カイルとシオンの指導方針を巡る諍いの直後ということもあり、空気は張り詰めていた。
カイルは、リオナの向かいに座り、料理をじっと見つめている。彼は、リオナが作った料理を口にすることは当然だと思っているため、改めて感謝の言葉を述べるのが、どうにも気恥ずかしく、また「非効率的」だと感じていた。
「一次覚醒者の食事としては、必要な栄養素とカロリーを過不足なく摂取できる。悪くない」
カイルは、それが最大の褒め言葉であるかのように、ぶっきらぼうにそれだけを告げた。その言葉は、リオナの料理の「味」や「心」ではなく、「燃料」しての評価でしかなかった。
「……どうも」リオナは、カイルの言葉に軽くため息をついた。
一方、シオンは穏やかに微笑み、料理を一口味わうと、目を閉じて深く息を吸った。
「素晴らしい。リオナ様。貴女様の料理には、心がこもっていますね」
シオンは、カイルのように「効率」の話はせず、リオナの手元を優しく見つめながら続けた。
「昨日、お手を拝見しましたが、これほどの手をかけて作っていただいた。本当にありがとうございます。我々ガイドが、貴女様のような方に労働をさせていることに、改めて羞恥を感じます」
シオンは、リオナの「労力」と「女性としての心」を完璧に労った。
リオナは、カイルに「欠陥品」として扱われた後だけに、シオンの恭しい感謝に、心から安堵した。彼女の顔に、柔らかな笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます、シオン様。趣味ですから、気にしないでください」
カイルは、シオンの優雅な言葉と、それに対するリオナの心からの笑顔を見て、再び胸の奥が激しい嫉妬で締め付けられるのを感じた。
(くそっ……! 私だって、リオナに感謝している! だが、なぜ、『栄養価』の話をして、笑ってくれないのだ! あの男の生ぬるい偽善が、リオナの魂に安寧を与えているというのか……!)
カイルは、料理の味もわからぬまま、パンを乱暴に口に運び、シオンへの激しい嫉妬の波動を、無意識に放出するのだった。リオナは、二人の間に挟まれ、美味しいはずのスープが、少し塩辛く感じるのだった。




