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第五話:ライバルの登場と嫉妬

 その日の午後、辺境の特務施設に、聖護隊本部から使者が到着した。


 先に総隊長から連絡を受けていたカイルは、まるで苦虫を潰したような表情で、不機嫌を全身に纏って出迎えた。彼の背後の陰には、カイルの激重な嫉妬の波動を感じ取って、少しだけ顔を顰めるリオナが立っている。


 使者の後方から現れたのは、柔らかなキャラメルブラウンの髪を持つ、S級ガイド・シオンだった。彼は辺境の殺風景な施設においても、どこか穏やかで、紳士的な空気を纏っていた。


「シオン、お前が『指導補助』の任に選ばれたのか」


 カイルは、"補助"という言葉に侮蔑の感情を乗せ、シオンを品定めするように見つめた。


「ええ、そうです。カイル、よろしくお願いします」


 シオンは、カイルの不機嫌を気にする様子もなく、親しみやすい穏やかな笑みを浮かべた。その様子は、カイルの苛立ちをさらに煽る。


 そう挨拶を終えると、シオンは、カイルの背後、つまりリオナがいる方向を一瞬見つめてから、あえて正面のカイルに尋ねた。


「件の一次覚醒者(レヴァレント)はどちらにいらっしゃいますか?」


 カイルは、リオナの存在をシオンに教えるのが癪だったため、顔を顰めて答えた。


「……つい先ほどまでここにいたが、今、キッチンで料理を作っているはずだ」


(は? あんた、私がここにいるのを知ってるでしょうが!)


 カイルの背後でリオナは声に出さずに抗議する。


 シオンは軽く眉をひそめた。彼の琥珀色の瞳の奥に、静かな怒りの炎が灯った。


「カイル」シオンの声は、低く、鋭かった。


一次覚醒者(レヴァレント)に家事をさせているのですか?」


 シオンは、リオナがS級の可能性を持つ女性ガーディアンであるという認識から、その心身の安定を損なう行為に即座に反応したのだ。


「S級の可能性を持つ一次覚醒者(レヴァレント)は、その能力を覚醒させるために、心身ともに完璧な休息と安定が必要なはずです。貴様の過去の失敗から何も学んでいないのか?」


 すると、カイルの背後の陰から、我慢できなくなったリオナが滑り出るように顔を出した。彼女はシオンに対し、静かに、そして少し疲れた表情で会釈した。


「あの! 初めまして。リオナと申します。私がその一次覚醒者(レヴァレント)です。カイルの言葉は気にしないでください。料理は私の趣味ですので」


 カイルは、リオナが自分の指示に背いたことに一瞬苛立ちを覚えたが、それ以上に、リオナがシオンに挨拶している「親密な光景」に嫉妬し、激しい独占欲の波動を無意識に放ち始めた。


「リオナ! なぜ勝手に出てくる!そして、この男に安易に触れるな! 波動が汚染される!」


 リオナは、カイルに「静かにしててよね!」という無言の圧をかけつつ、シオンを見つめた。


 シオンは、カイルのヒステリックな警告を完全に無視した。彼は、優雅な動作でリオナに向き直ると、静かに片膝をつき、恭しく頭を下げた。


「お目にかかれて光栄です、リオナ様」


 そして、そのままリオナの小さな手を持ち上げると、その手の甲に、そっと唇を触れさせた。


「S級ガイド、シオンと申します。今後、貴女様の覚醒と、心身の安定を、心からお手伝いさせていただきます」


 その動作は、完璧な騎士が淑女に捧げる、最大の敬意の表明だった。


 リオナは、カイルに長期間にわたって「欠陥品」「愚か」と罵倒されてきたため、これほどの恭しい敬意を払われたことに、思わず息を飲んだ。彼女の魂は、シオンの純粋な献身の波動に、初めて深く安らぎを感じた。


「な……! シオン! 貴様、何をしている!」


 カイルは、リオナの手を奪い返すため、激情に駆られて動こうとしたが、シオンは微動だにしない。


「カイル。これは淑女に対する、ガイドとしての最低限の敬意です。貴様には、それが欠けている」


 シオンは立ち上がると、カイルを、静かに見つめた。その琥珀色の瞳には、「貴様には、彼女を扱う資格がない」という静かな怒りが明確に宿っていた。


 リオナは、カイルとシオンの間に走る、激しい能力と感情の衝突に挟まれ、小さく身を縮めるしかなかった。





 シオンが立ち上がると、カイルのプラチナブロンドの髪を、見下ろすように見つめた。その琥珀色の瞳には、「貴様には、彼女を扱う資格がない」という静かな怒りが明確に宿っていた。


 リオナは、シオンが手に触れた温もりと、彼の魂から伝わる純粋な敬意の波動に、激しく心を揺さぶられていた。長期間カイルに罵倒され続けていた彼女にとって、この紳士的な扱いは、まさに異世界の出来事のようだった。


(何、この人……。騎士様? まるで私を『貴族の令嬢』として扱っているみたい……。カイルの『欠陥品』とは真逆の……でも、急すぎて……)


 リオナは、どう反応すればいいのか分からず、ただ困惑してシオンを見つめるしかなかった。


 その横で、カイルの嫉妬の感情は臨界点に達していた。


「シオン! 貴様、今すぐその汚らわしい手を引っ込めろ! そして二度とリオナの神聖な魂の器に触れるな! 貴様のような生ぬるい偽善者が、私のパーフェクトマッチに近づくことは許されない!」


 カイルは、リオナとシオンの間を強引に遮るように立ち、自身のガイディング(激しい独占欲と怒り)をシオンに向けて放ち始めた。


 しかし、シオンはカイルの荒々しい波動に全く動じない。彼は、あくまで穏やかな笑みを崩さず、静かにリオナへと語りかけた。


「リオナ様。ご心配なく。カイルは少々、感情の制御を誤っているようですが、彼の本質は優秀なガイドです。貴女様への敬意も……表現の方法が極めて不器用なだけでしょう」


(不器用どころか、情緒不安定な暴君なんだけど……)


 シオンは、リオナの困惑に優しく共感を示すことで、カイルの存在を矮小化させた。


「貴女様のご指導について、カイルと相談したいことがあります。よろしければ、この後はゆっくりと心身をお休めください。貴女様の魂の安寧こそが、今の最優先事項です」


 シオンは、そう言ってリオナの「休息の権利」を尊重することで、カイルの「一次覚醒者(レヴァレント)に家事をさせる」という指導を再度静かに批判した。


 カイルは、シオンの優雅な反撃に歯噛みする。リオナは、シオンの優しさに感謝しつつも、この後二人のS級ガイドが、自分を巡って泥沼の議論を始めることを察し、深くため息をつくのだった。





 シオンは、カイルの激昂とリオナの静止によって、一旦はリオナへの騎士の挨拶に関する口論を収めたものの、彼の目は未だカイルの背後に立つリオナへと向いていた。


「リオナ様、無理はなさらないで良いのですよ。我々ガイドは一次覚醒者(レヴァレント)を手助けし、導く役割なのですから」


 シオンの言葉には、カイルの「支配」とは対極の「献身」の波動が満ちていた。心から心配している台詞に、リオナは申し訳ない気持ちになった。


「ええっと、でも、カイルに家事を任せてここのキッチンが炎上しかかったんですよね。私がやった方が安全ですし」


 リオナは、シオンの献身的な態度に感謝しつつ、自分の「趣味」を続けるやむを得ない理由を説明しようと、ここに到着した初日の出来事をぽろっと口にしてしまった。


 その言葉を聞いた瞬間、それまで穏やかな表情を保っていたシオンの琥珀色の瞳に、剣呑な光が宿った。彼は、その場で一気に空気を凍らせるような静かな怒りを放った。


「カイル」


 その声は、もはや丁寧な口調ではなく、指導者として最も深刻な問題児を糾弾するトーンだった。


「あなたは何をしてたんですか?」


 シオンは、カイルを正面から見据え、リオナの命の危険を冒した「事実」をもって、カイルの傲慢さを叩き潰した。


「火事を起こすとは……ただでさえ不安定な一次覚醒者(レヴァレント)の心身の安全を、貴様は最優先しなかったという証拠だ。しかもその一次覚醒者(レヴァレント)に、その尻拭いをさせている」


 シオンは深く嘆息した。


「なんて無能な。総隊長の『指導補助』の要請は正しかったようですね。あなたには、リオナ様のような高貴で強力な一次覚醒者(レヴァレント)を導く器も、資格もありません」


 カイルは、シオンの言葉に全身の血が逆流するのを感じた。


「シオン! 貴様……!」


 リオナの命の危機という動かぬ事実と、「無能」「資格がない」という指導者としてのプライドを粉砕する言葉に、カイルは激しい怒りと屈辱を覚え、嫉妬の波動は限界まで高まった。このままでは、辺境の施設が能力の暴走で崩壊しかねない。


 リオナは、再び二人のS級ガイドの板挟みとなり、慌てて二人の間に入ろうとした。


「あの、シオン様、カイルも悪気は……」


「リオナ様、下がっていてください」シオンは、リオナの擁護の言葉を遮った。


「貴女様の優しさが、この男の傲慢さを助長する。貴女様は、この男の傲慢さによって、命を危険に晒したのですよ」


 リオナは、シオンの真剣さと、自分を心から案じる眼差しに押し切られ、言葉を失った。カイルは、シオンの優雅な批判と、リオナの擁護を拒否されたことに、言いようのない屈辱を感じていた。






 S級ガイド二人の能力の衝突が収束した後、カイルは激しい自責の念に駆られながら、リオナが自室に戻るまで付き添った。シオンもまた、リオナの魂が完全に安定するまで、遠くから静かにガイディングの波動を送り続けていた。


 ようやく一人になり、ベッドに腰を下ろしたリオナは、深いため息をついた。今日一日の疲労は、著しく精神を疲弊させるものだった。


 数分後、部屋のドアが静かにノックされた。


「リオナ様。シオンです。少しだけ、お時間をいただけますでしょうか」


 リオナは、穏やかなシオンの声に安堵し、入室を許可した。


 シオンは、手のひらに乗るほどの小さな小瓶を持って入ってきた。それは、王都の貴族が使うような、上品なガラス製の軟膏だった。


「ご迷惑をおかけしました、リオナ様。カイルとの無益な争いによって、貴女様をゾーンアウト寸前の状態にまで追い詰めてしまった。心よりお詫び申し上げます」


 シオンは深々と頭を下げた。


「いえ、シオン様のおかげで、私も冷静になれましたから。気にしないでください」リオナは答えたが、まだ鼓動が少し速い。


 シオンは顔を上げると、その琥珀色の瞳で、リオナの手を優しく見つめた。


「実は……先ほどの、ご挨拶の時です」


 シオンは、片膝をつき、リオナの手にキスをした際のことを口にした。


「貴女様の手が、ひどく荒れていることに気づきました。硬くて、乾燥していました。本来、S級の可能性を秘めた一次覚醒者(レヴァレント)が負うべきでない、過度な家事労働の証です」


 リオナは、ハッとして自分の手を隠そうとした。カイルに「欠陥品」と罵倒されることには慣れていたが、「乙女らしさ」の欠如を、これほどまでに優雅な騎士に気づかれてしまったことに、猛烈な恥ずかしさを感じた。


「これは……その、気にしないでください。辺境の施設では、仕方がないことで……」


「いいえ、仕方なくはありません」シオンは、リオナの手をそっと引き出した。


「これは、私が王都から持ってきた、最高級の軟膏です。魔力の流れを阻害しないよう、特別な調合がされています。カイルが貴女様の休息と安寧を最優先できないのなら、私がそれを守ります」


 シオンは、軟膏をリオナの手にそっと握らせた。


「私は、貴女様の肉体も、魂も、そして『乙女らしさ』も、全て尊重し、完璧な状態で覚醒へ導きます。どうか、お気になさらず。貴女様がご自身を恥じる必要など、どこにもありません」


 リオナは、シオンの細やかな気遣いと敬意に、思わず目頭が熱くなった。


(カイルは、私の能力しか見ていなかった……。この人は、私という一人の人間を見ている)


 リオナは、軟膏を握りしめ、静かに感謝を述べた。


「ありがとうございます、シオン様」


 この光景を、部屋の外の廊下で激しい嫉妬と自責の念の波動を放ちながら立ち尽くしているカイルは知る由もなかった。彼はこの後、リオナの手荒れに気づかなかった「ガイドとしての無能さ」と、シオンに「リオナの世話」をされた「男としての敗北感」に、一人悶絶することになるのだった。

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