第四話: 停滞する覚醒
『精霊の守り手』と『魂の共鳴者』はニ度の発現を経験する。
一次覚醒「レヴァレントの兆候」は、潜在的な『守り手』または『共鳴者』としての才能が発現する。五感が過敏になったり、共鳴の波動を感じ始めたりする。
二次覚醒「真の能力の開花」は、『守り手』として、または『共鳴者』として、自身の能力(精霊の力)の性質と強さが完全に開花する。この時に能力ランク(S~D級)が確定する。
能力ランクは、その強さによりS級、A級、B級、C級、D級に分けられる。A~D級は組織内でおのおのの能力に応じた役割を果たすが、S級は規格外の力であり、世界を揺るがすほどの能力を持ち、神殿や王宮直属の聖護隊の最重要対象となる。
カイルが辺境の特務施設で始めた、リオナの二次覚醒(真の能力の開花)を促す教育。その道のりは、予期せぬ停滞を見せていた。
「精霊の知識、歴史、そして神殿の教義。なぜ貴様はこんな基本中の基本を理解しない?」
カイルは、リオナの知識の欠落(一般人としての隠遁生活ゆえ)に対し、容赦なく「愚か」「常識がない」という言葉を浴びせた。しかし、それは「一般人」として生活してきたのだから、仕方のないことだった。
彼の教え方自体は論理的で完璧だったが、その熱意は、リオナには「俺のパートナーとして完璧であれ」という支配的な要求としてしか伝わらなかった。
(カイルが馬鹿にしても当然だわ。私は両親の力を拒絶して逃げた。こんな素晴らしい知識を持つあんたに教わる資格なんてないの)
リオナの表情は日に日に暗くなっていた。ここまで来た以上、カイルの言葉に素直に従わなくてはいけないとわかっているつもりだったが、彼女の自己否定感が邪魔をして、知識が頭に入らないのだった。
カイルはそんなリオナの精神的な壁に気づかず、ますます指導を強化していき、さらなる悪循環に陥るのだった。
実地訓練はさらに悲惨だった。
カイルはリオナに五感を集中させ、精霊の力を意識的に引き出させようとする。しかし、力が溢れる兆候が現れるたびに、リオナは両親の死のトラウマが蘇り、パニックに陥る。
「駄目よ! この力を出したら、また、誰かが……!」
「何を怯えている! 制御できないなど、愚の骨頂だ!」
カイルはリオナの感情的な叫びを無視し、即座に強力なガイディングでねじ伏せた。
それにより、リオナの能力の暴走は一時的に鎮まるのだが、そのたびにリオナの中に「魂を強引に支配された」という負の感覚だけが残る。
(この人は、私の力を道具として制御したいだけ。私の気持ちなんて、どうでもいいんだわ)
挙句の果て、リオナはへそを曲げてしまい、実地訓練を拒否するようになってしまった。彼女の魂はカイルのガイディングという「強引な支配」に反発し、二次覚醒の扉は頑なに閉ざされたままだった。
『一次覚醒者は能力を頑なに拒絶し、訓練は停滞している』
「聖護隊」の上層部は、カイルから送られてくる簡潔な報告に危機感を覚えた。リオナがS級の可能性を持つ一次覚醒者である以上、いつ起こるか分からない魔物化のリスクは世界を揺るがしかねない。
「カイルの指導法では、再びパートナーの魂を壊しかねない」
この懸念から、上層部は「褒めて伸ばす」指導で定評があり、かつカイルと同じくS級共鳴者であるシオン・クラウスを「指導補助」として辺境の拠点へ派遣することを決定した。
カイルの傲慢な自尊心を守りつつ、リオナの二次覚醒を強引に推し進めるための神殿側の最終手段だった。カイルの嫉妬と、リオナの心を開く鍵となる、ジェントルなライバルが、今まさに辺境の拠点へと向かうこととなる。
カイルの報告書を受け取った直後、聖護隊マイルズ・エインズワース総隊長は一人の共鳴者を執務室に呼んだ。
「総隊長、お呼びとのことで参りました」
柔らかなキャラメルブラウンの髪、蜂蜜のような温かい琥珀色の瞳をした穏やかで知的な男性隊員が隊長の眼の前に立つ。その細身ながらバランスの取れた体格からは、カイルのような威圧感ではなく、落ち着いた知性が滲んでいた。それが、S級共鳴者・シオンだった。
「いきなり呼んですまない、シオン」
「いえ、問題ありません。どのような御用でしょうか?」
親しみやすい穏やかな笑みを浮かべるシオンの様子に、マイルズ総隊長は小さくため息をついた。カイルとは対極にある、この隊員の人間的な安定性は、今最も必要とされているものだった。
「一次覚醒者の指導補佐を頼みたい。彼女はS級の可能性がある」
総隊長の言葉にシオンは緊張の色を浮かべた。S級の一次覚醒者の登場は、世界情勢を左右する一大事である。
「一次覚醒者のランクは、二次覚醒まではわからないものでは?」
「通常はな。だが、今回の相手は違う」隊長は机の上の報告書を一瞥した。
「カイルが『運命の絆』だと言っている相手だ。カイルの『運命の絆』ならば、S級だろう」
「ああ、そういうことですね」
総隊長の心中を察し、シオンは苦笑する。極秘事項ではあるが、事が事だけに聖護隊内で静かに噂が広がっていた。カイルが新しい守り手候補を見つけ、その教育を請け負っていると。
――しかし、カイルは優秀な共鳴者だが、一次覚醒者の導き手には向いていないことが多かった。彼の指導はあまりにも潔癖で高圧的だ。繊細な一次覚醒者の教育を行うには、彼は傲慢すぎる。
「彼のアシスタントを務めるのでしょうか?」
シオンはそう尋ねたが、その視線は「カイルが指導を停滞させているのではないか」という問いを含んでいた。
「申し訳ないが、頼めるか」
マイルズ総隊長は暗にそれを肯定した。
「はい。承知しました」
S級の教育係の適任者は少ない。シオンはその中のひとりだった。穏やかで紳士的な性質を持ち、一次覚醒者の優秀な導き手として知られている。リオナの閉ざされた心を開くには、カイルの「強引な支配」とは真逆の、彼の「恭しい共鳴」が必要だった。
シオンは、辺境の拠点で待つであろう、二人の不器用なS級共鳴者と、心に傷を負ったS級一次覚醒者の未来に、静かに思いを馳せた。




