第七話:二元体制下の受難
リオナの二次発現に向けて、指導官となるカイルとシオンの対立は激しすぎるため、「意見のすり合わせ」ではなく、「総隊長の命令に基づく、形式的な分担」という形で、訓練が行われることとなった。
「二人ともS級ガイドである。リオナ隊員の指導は、カイル隊長の『能力・知識の強化』と、シオン隊長の『精神の安定・実戦的な共鳴の儀式』という二元体制で進めよ。これは命令だ!」
シオンがマイルズ総隊長より預かってきた命令書にそう書かれていたのだ。
上官命令である以上、カイルも否と唱えられなかった。しかし、シオンに対して、指導内容や時間配分について、執拗に干渉した。
シオンも、カイルの嫌がらせを大人として無視し、リオナの心に寄り添う指導を淡々と実行していく。
結果として、リオナは「カイルによるスパルタ知識注入&嫉妬の波動浴」と「シオンによる穏やかな精神ケア&紳士的な実地訓練」という、極端な二種類の指導を受けることになり、その中間で振り回されることになってしまうのだった。
その日も一日のカリキュラムを終えた後、リオナはシオンに促され、向かい合いに座り、両手を差し出す。
「リオナ様、今日の訓練もお疲れ様でした。両手をお貸しいただけますか?」
シオンの共鳴の儀式は、いつも静かで穏やかだった。彼の琥珀色の瞳はリオナの魂の深部を覗き込み、乱れた波動を優しく整えていく。彼の指先から流れ込む力は、まるで澄んだ泉の水のように、リオナの疲労を洗い流し、自己肯定感という栄養を与えてくれた。
「ありがとうございます、シオン様。とても体が楽になります」リオナは、心からの安堵を口にした。
「当然です。貴女様の精神が安寧であってこそ、訓練の成果は定着します」
シオンは微笑んだが、その表情の奥には、どこか静かな懸念の色が浮かんでいた。彼の手は、リオナの荒れた手に触れるたびに、昨日の軟膏の件を思い出しているようだった。
その時、リオナの意識の隅に、激しいノイズが走った。
それは、共鳴の儀式の力ではない。純粋な感情の波動だ。
(シオンの偽善に騙されるな! その安寧は一過性のものだ! 私の力こそが、君の魂の真実だ!)
カイルは、シオンがリオナに共鳴の儀式しているその時間を、リオナの部屋の扉の向こうで待ち伏せていた。そして、リオナがシオンに感謝の言葉を述べるたびに、「嫉妬」「独占欲」「喪失恐怖」という激しい感情を、運命の絆の絆を通して、リオナの魂に直接送り付けているのだ。
リオナは、シオンの前では冷静を装いながらも、頭痛のような精神的疲労を感じていた。シオンの共鳴の儀式が肉体を癒すそばから、カイルの感情汚染が魂を蝕んでいく。
(ああ、もう……。シオン様の努力が、全てこの嫉妬の暴君のせいで無駄になる……! 私、全然休めてないじゃない!)
シオンは、共鳴の儀式を終えると、リオナの手をそっと離した。
「リオナ様。貴女様は、訓練の効率が上がっているにも関わらず、以前より深い疲労を抱えているように見受けられます。何か、お心当たりは?」
シオンの静かな問いに、リオナはカイルの存在を告げるべきか、一瞬逡巡した。しかし、カイルの情緒の不安定さを公にすることは、さらなるカイルの暴走を招くと考え、リオナは口を噤んだ。
「いえ、少し……慣れない環境で、緊張しているだけだと思います」
リオナの口から出た言葉は、小さな嘘だった。その嘘は、リオナの魂の深部に、新たな停滞を生み始めていた。
リオナの訓練は表面上は順調に進んでいた。
カイルによる『知識と出力のスパルタ注入』、そしてシオンによる『安定と休息の共鳴の儀式』という、S級ガイド二人の協力のもと、リオナの身体と能力は著しい向上を見せ、二次発現もまもなく起こるのではないかと思われていた。
「シオンのような甘やかしでは、いつゾーンアウトしてもおかしくない彼女の命は守れない。俺の共鳴の儀式が最も効率的で確実だ。過去の失敗を繰り返すわけにはいかない!」
カイルの指導も相変わらずだった。彼は、シオンの穏やかな指導を見せつけられるたびに、自分の方法が唯一の正解だと声高に主張した。
それなりの期間、指導を受けてきたことでリオナもそれなりにカイルのやり方に順応していた。罵倒されても、彼には「リオナを失うことへの恐怖」がある、と理解できるようになったからだ。
「シオンは運命の絆を得ていないから、俺の切実さが理解できないのだ!」
しかし、順応できたからと言って、それが負担ではなくなったわけではない。
カイルの共鳴の儀式には、それまでの優位性を全面に押し出す感情に加えて、シオンに対する激しい嫉妬や、指導者としての優位性への固執という、新たな負の感情が混ざり込み、そのままリオナに伝わるようになっていた。
その結果、リオナの魂の奥底は、シオンによる清浄な安寧の力と、カイルによる猛烈な感情の汚染という、二つのS級の力によって絶え間ない引っ張り合いに晒され続けた。
訓練の効率が上がるほど、カイルの支配欲と嫉妬は増し、リオナの精神的な疲弊は、以前のカイル単独指導時を遥かに超えて深刻化していった。
シオンの共鳴の儀式を受けている間は安堵できるものの、一歩部屋を出てカイルの視界に入るだけで、「なぜあの男に笑った?」「私を見ろ!」「あいつの指導など無意味だ!」という、カイルの激重な心の叫びが、リオナの意識にノイズのように流れ込む。
リオナは夜も深い眠りにつけず、食欲も減退し、訓練中も集中力を保つのが困難になっていった。
ある日の訓練中、リオナは突然、激しい目眩に襲われた。カイルが放った「シオンに負けているわけではない」という、自己否定を打ち消すための傲慢な波動に、魂のバランスを崩されたのだ。
「リオナ!」
カイルが駆け寄るよりも早く、シオンがその場に片膝をつき、リオナの背に手を当てて、鎮静の共鳴の儀式を始めた。
「リオナ様、深呼吸を。大丈夫、私の共鳴の儀式に従って」
シオンの穏やかな力に、リオナの意識はなんとか現実世界に引き戻された。しかし、リオナの顔は青ざめ、目には恐怖の色が宿っていた。
シオンは、カイルに気づかれないよう、リオナの手を握りしめた。その手の荒れは、前日、彼が軟膏を渡した時よりも、さらにひどくなっていた。
(このままでは、リオナ様の魂は、カイルの感情の濁流によって完全に破壊される……!)
シオンの瞳に、決意の光が宿った。彼は、ガイドとしての倫理と、リオナへの献身的な愛のために、最終手段を取る覚悟を決めたのだった。




