第二十九話:後日譚4 大事件発覚
「リオナ、あまり食事が進んでいないようですが……」
いつもの朝食の席で、シオンが心配そうに眉を寄せた。
彼の作る料理は完璧だ。今日も彩り豊かな野菜と、絶妙な焼き加減のオムレツが並んでいる。けれど、湯気と共に立ち上る匂いが、今日の私には少し重たく感じられた。
「せっかく作ってくれたのにごめんなさい」
「そういうつもりで言ったのではありません。どこか具合が悪いのですか?」
「んー、そういうわけじゃないんだけど……」
言葉を濁してフォークを置くと、隣でガツガツと食べていたカイルが、弾かれたように顔を上げた。
「何? リオナ、調子が悪いのか? うちの医者を連れてくるぞ! いや、俺が運ぶ!」
「そんな大げさなことじゃないわよ。ただ、少し胸が……うぷっ」
「リオナァァッ!?」
口元を押さえた私を見て、カイルが椅子を蹴倒して立ち上がる。
結局、大騒ぎするカイルに抱きかかえられ、私は聖護隊本部の医務室へと強制連行されたのだった。
◇
診断結果を聞いた瞬間、医務室の空気が凍りつき――そして、爆発した。
「「リオナが妊娠――!」」
医師の言葉に、二人のS級ガイドの声が重なる。
一瞬の静寂の後、カイルが私の手を取って、子供のように顔を輝かせた。
「俺の子だ! 絶対に俺の子だ! リオナ、ありがとう!」
カイルの絶叫が、防音壁などお構いなしに聖護隊本部に響き渡る。
あまりの音量に、たまたま廊下を通りがかったマイルズ総隊長が扉を勢いよく開けたほどだ。
「うるさいぞカイル! ここは病院だ、静かに喜びを噛み締められんのか!」
「隊長! 聞いてください、俺とリオナの子供ができたんです! 俺が父親だ!」
マイルズに怒鳴られても、カイルの興奮は収まらない。
そんなカイルの横で、もう一人の男は、氷のように静かだった。
「……ふふ」
シオンは口元に穏やかな笑みを浮かべている。だが、その琥珀色の瞳は全く笑っていない。
彼はカイルの肩に手を置き、冷ややかに告げた。
「カイル。先走るのはやめていただけますか? 時期的に考えて、私の可能性が高い計算ですが?」
「あぁン? 何言ってんだシオン。あの日の夜は俺だっただろ!」
「いいえ。週数から逆算すれば、あの日ではなく、その翌週の確率が高い。つまり、確率論の話をしましょうか?」
シオンの背後に、ゆらりと黒いオーラが立ち昇る。 カイルも負けじと唸り声を上げた。
「確率だぁ? 俺の直感が言ってるんだよ! この魂の震えは、俺の遺伝子を感じてるんだ!」
「野性的な直感など当てになりませんね。確実なのは魔力鑑定です。すぐに手配を。DNAレベルで白黒つけましょう」
「上等だ! 今すぐ調べろ! 俺に似た可愛いプラチナブロンドが出てくるに決まってる!」
私のベッドの周りで、二人の父親候補が火花を散らす。
マイルズ総隊長が「やれやれ」と頭を抱える中、私は自分のお腹にそっと手を当てた。
(……ふふっ。二人とも、必死ね)
彼らは気づいていない。
私の中に芽生えた小さな命が、一つではないことに。
私には分かる。お腹の中から伝わってくる、微弱だが確かな二つの波動。
一つは、カイルのように熱く、力強い炎の波動。
もう一つは、シオンのように静かで、知的な水の波動。
――双子だわ。
S級ガイド同士の魔力が干渉し合い、奇跡的な確率で二つの命が宿ったのだ。
魔力鑑定などしなくても、私にははっきりと分かっていた。
「どちらの子でも、私の愛しい子に変わりはないわ」
私が泰然と告げると、二人はハッとして私を見た。
聖母のような微笑みを浮かべて見せたが、私の内心は、女王としての愉悦に満ちていた。
(だって、今ネタばらしをしたら、この面白い喧嘩が終わっちゃうもの)
慌てふためく最強のガイドたちを眺めながら、私はこれから始まる賑やかな未来を想像して、小さく笑った。




