第二十六話:後日譚1 女王陛下と二人の騎士の日常
「カイル、朝よ。そろそろ起きたいんだけど」
「まだ起きるには早い。もう少し、いいだろう」
はぁ……。
私の腰に回されたカイルの腕が、ギュウとさらに強く締め付けられる。背中に感じる大きな胸板の熱と、首筋に擦り寄せられる銀色の髪の感触。S級ガイドのくせに、朝の彼はただの大きな甘えん坊だ。
「リオナ、おはようございます。そんな駄犬は放っておいて、朝食ができていますよ」
「さすがシオン。とってもいい香り」
「ありがとうございます」
爽やかな声と共に、シャッという小気味いい音でカーテンが開けられた。
差し込む朝日に、カイルが「んぐぅ……」と不満げな声を漏らして、私の髪に顔を埋める。
「眩しいぞ、シオン。……てめぇ、わざとやったな?」
「おやおや、人聞きの悪い。私はリオナ様の健康的な生活リズムを守るために、執事としての務めを果たしただけですよ。いつまでもベッドにへばりついている大型の障害物を排除するのも、私の仕事ですから」
シオンは琥珀色の瞳を細め、ベッドサイドまで優雅に歩み寄ってきた。
そして、カイルの腕の中にいる私に向かって、恭しく手を差し伸べる。
「さあ、リオナ様。手を」
「ええ、ありがとう」
私がカイルの腕を解いてシオンの手を取ろうとすると――。
「渡すかよ、泥棒猫!」
ガバッ!
カイルが勢いよく上半身を起こし、私の体をシオンから隠すように抱き込んだ。
寝起きとは思えない素早い反応速度。さすがはS級、と感心している場合ではない。
「カイル、苦しいわ」
「リオナは俺がエスコートする! シオン、お前はさっさとスープでもよそってろ!」
「ふふ。スープならとっくに適温にしてありますよ。……それにカイル、貴方、寝癖がついていますよ? リオナ様の美観を損ねるので、洗面所へ行かれては?」
「なっ……!?」
カイルが慌てて自分の頭を触る。その一瞬の隙を見逃すシオンではない。
流れるような動作で私の体をカイルの拘束から引き抜くと、シオンは私の腰を抱き寄せ、その耳元で甘く囁いた。
「……おはようございます、私の女王(リオナ様)」
チュッ。
リップ音が響くほどの、少し長めの口づけが私の頬に落とされた。
挨拶代わりのキスにしては、随分と熱がこもっている。
「あーーッ!! てめぇ、シオン! 抜け駆けしやがったな!?」
「早い者勝ちです。……隙を見せる方が悪い」
シオンは勝ち誇った顔で、呆然とするカイルを見下ろした。
朝から元気なことだ。私は二人のS級ガイドの小競り合いを見ながら、小さく息を吐き、そして微笑んだ。
「二人とも、朝から騒がしいわよ」
私が声をかけると、二人はピタリと動きを止める。
私は、まだ頬を膨らませているカイルに近づき、背伸びをして、その唇に軽くキスをした。
「……っ! リ、リオナ……?」
「おはよう、カイル。……これで機嫌を直しなさい」
カイルの顔が一瞬で朱に染まり、だらしなく緩んでいく。
単純で、愛しい私のパートナー。
「さて、シオン。お腹が空いたわ。貴方自慢の朝食をいただきましょうか」
「はい、喜んで。……カイル、貴方の分も『一応』ありますから、冷めないうちに来てくださいね」
「『一応』ってなんだ、『一応』って! ……へへっ、リオナからのキス……」
ニヤけるカイルと、澄ました顔のシオンを従えて、私はダイニングへと向かう。
今日もまた、騒がしくて愛おしい一日が始まるのだ。




