第二十四話:断罪
豪奢な扉が、カイルの蹴撃によって蝶番ごと吹き飛んだ。
土煙を上げて倒れた扉を踏み越え、リオナたちはヴァレンティン公の執務室へと踏み込む。
「――遅かったではないか。待ちくたびれたぞ」
部屋の奥、重厚な執務机の向こうに、その男は座っていた。
アルテミス公国の元公子であり、この国の闇を牛耳るフィクサー、ヴァレンティン公。
整えられた銀髪と、リオナによく似た面差しを持つその男は、ゆったりとワイングラスを傾けていた。
「ヴァレンティン公……!」
リオナが鋭く睨みつける。
しかし、ヴァレンティン公は余裕の笑みを崩さない。
「私の可愛い姪御。そう殺気立つな。……お前たちの到着に合わせて、とっておきの余興を用意しておいた」
公が指を鳴らすと、部屋の左右にある隠し扉が開き、二つの巨影が現れた。
人間とは思えないほど肥大化した筋肉、虚ろな瞳、そして全身から噴き出すどす黒い魔力の瘴気。 首には太い制御用の首輪が嵌められている。
「『人造S級(アーティフィシャル・S)』だ。お前の両親の尊い犠牲のおかげで、ルークの研究はここまで進んでいてな。寿命と引き換えにリミッターを外した、使い捨てのS級ガーディアンだよ」
「っ……! お父様とお母様を、どこまで愚弄すれば気が済むの!」
リオナの怒りが爆発し、黄金の魔力が立ち昇る。
それに呼応するように、二体の『人造S級』が咆哮を上げ、床を踏み砕いて襲いかかってきた。
速い。そして、重い。
理性なき暴力の塊が、リオナを圧殺しようと迫る。
「させねぇよッ!!」
カイルがリオナの前に割り込み、魔力を纏わせた長剣で、振り下ろされた巨人の拳を受け止める。
ガギィィィン!
金属音が響き、カイルの足元の床がひび割れる。
「ぐっ……! 馬鹿力だ……! だが、こんな雑な魔力、俺の敵じゃねえ!」
「シオン!」
「はい、射線は確保しました!」
カイルが力づくで巨人の体勢を崩した一瞬の隙きを突き、シオンが滑り込む。
流麗な剣技が巨人の腕の腱を正確に切り裂き、同時に魔法石で増幅した「氷結」の魔力を傷口に流し込んだ。
「グオォォォッ!?」
動きが鈍った巨人に対し、もう一体がリオナを狙って炎のブレスを吐き出す。
「リオナ、怯むな! お前なら弾ける!」
「リオナ様、イメージしてください。貴女の風は、あらゆる不浄を吹き飛ばす!」
二人のガイドの声が、リオナの魂に直接響く。
恐怖はなかった。
背中にはカイルの熱が、横にはシオンの冷徹な支えがある。
「ええ、分かってる……!」
リオナは両手を突き出す。
両親から受け継ぎ、二人のガイドによって磨かれた真正のS級の魔力が収束する。
「消えなさい、偽りの力よ! 『聖光の嵐』!!」
リオナの手のひらから放たれたのは、眩いばかりの光を帯びた暴風だった。
それは単なる破壊の力ではない。魔力の暴走を鎮め、浄化するガイドの資質も併せ持つ、リオナだけの「調律」の一撃。
光の嵐は炎を飲み込み、二体の巨人を壁ごと吹き飛ばした。
「ガ、アアアァ……」
壁にめり込んだ『人造S級』たちは、過剰な魔力供給をリオナの光によって強制的に遮断され、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「な……馬鹿な!? 私の最高傑作が、たった一撃で!?」
先程までの余裕は消え失せ、ヴァレンティン公が立ち上がり、後ずさる。
執務室は半壊し、彼を守るものはもう何もない。
リオナはカイルとシオンを従え、瓦礫を踏みしめて公へと歩み寄る。
その瞳は、冷たく、美しく輝くエメラルドの宝石のようだった。
「ひっ……ま、待て! 待ってくれ、リオナ!」
ヴァレンティン公は机に背をぶつけ、無様に腰を抜かした。
「わ、私はお前の伯父だぞ! 唯一の血縁だ! それに、金ならある! 地位もだ! 私と組めば、お前はこの国の女王になれるんだぞ!?」
見苦しい命乞い。
両親を実験台にし、自分を誘拐し、道具として扱おうとした男の、あまりに卑小な本性。
リオナは足を止め、冷ややかに見下ろした。
「女王? ……そんなもの、興味はないわ」
リオナが右手を上げる。
そこには、まだ膨大な魔力の残滓が渦巻いていた。
「私が欲しいのは、両親の無念を晴らすこと。そして、私の大切な人たちと生きる未来だけ」
「や、やめろ! 助けてくれ! 何でもする、靴でも舐めるから!」
「……みっともない。貴方は、私の両親が苦しんでいた時、助けを乞う声を聞き入れましたか?」
「あ、ああっ、あああーーッ!!」
リオナが腕を振り下ろす。
カッッッ!!
閃光が奔り、轟音が執務室を揺るがした。
……だが、痛みはなかった
ヴァレンティン公が恐る恐る目を開けると、彼のすぐ横、顔の皮一枚の距離にあった壁と床が、綺麗に消滅し、外の景色が見えていた。
あと数センチずれていれば、彼は塵一つ残さず消えていただろう。
「ひぃっ、ひぃぃ……ッ!」
恐怖のあまり失禁し、ガタガタと震える公を見下ろし、リオナは静かに告げる。
「貴方の命で償う価値すらないわ。――ローズ、あとはお願い」
リオナが振り返ると、半壊した入り口から、マダム・ローズが優雅に入ってきた。
その背後には、制圧を終えたマイルズ総隊長たちの姿もある。
「ええ、よくやったわ、リオナ。素晴らしい『鉄槌』だったわ」
ローズは、震えるヴァレンティン公を見やり、嗜虐的な笑みを深めた。
「さあ、ヴァレンティン。久しぶりね。……これからは、死ぬことが救いだと思えるような、長い長い償いの時間が始まるわよ? オホホホホ!」
屋敷に、公の絶望的な悲鳴が響き渡った。




