第二十三話:開戦
闇に紛れ、リオナたちはヴァレンティン公の広大な屋敷を見下ろす丘の上に立っていた。
豪奢な屋敷の周囲には、私兵と思われる警備兵が三十名ほど巡回しており、さらにその内側には、雇われた能力者たちの気配が二十名ほど感知できた。
屋敷全体を覆うように、感知結界と物理防御結界が何重にも張り巡らされている。
「相変わらず、用心深い狸ね。これだけの結界を維持するのにどれだけの金と魔石を浪費しているのやら」
マダム・ローズが冷ややかな視線を屋敷に向ける。
彼女が優雅に扇を開くと、そこから薄紫色の霧が溢れ出し、リオナたちを包み込んだ。
「さあ、行きましょうか。わたくしの『幻霧』の中にいれば、誰にも気取られることはないわ。……懐まで近づいて、寝首を掻いてあげるのが礼儀というものよ」
音もなく、気配もなく。
死神の行進のように、一行は屋敷の正門前まで滑るように移動した。
門番たちは目の前を通過する濃い霧に気づく素振りすら見せない。
「ここね」
ローズが足を止め、閉ざされた鉄の門を見上げる。
そして、扇をパチンと閉じた。
それが、合図だった。
「――ごきげんよう、ヴァレンティン公。夜のお茶会には少し騒がしいけれど、許してくださるわよね?」
ローズのS級の魔力が炸裂した。
隠蔽に使われていた穏やかな霧が一瞬にして紫電を帯びた嵐へと変貌する。
ドォォォォォン!!
轟音と共に、何重にも張り巡らされていた結界がガラス細工のように砕け散り、鉄の門がひしゃげて吹き飛んだ。
爆風が庭園を薙ぎ払い、巡回していた警備兵たちが木の葉のように舞う。
「な、なんだ!?」
「敵襲! 敵襲ーッ!!」
屋敷内から怒号が飛び交い、混乱の渦が広がる。
その混乱を切り裂くように、ローズが声を張り上げた。
「さあ、往きなさい! 道は開けたわ!」
「はいっ!」
リオナが地面を蹴る。
S級ガーディアンとしての身体能力強化。風を纏うように加速し、吹き飛んだ門を一足飛びに超える。 初陣の緊張で心臓が早鐘を打っていたが、両脇に並ぶ二つの気配がそれを鎮めてくれた。
「リオナ、前だけ見てろ! 横からの雑魚は俺が斬る!」
「足元には気をつけて。私が支えます」
右にカイル、左にシオン。
二人のS級ガイドが、抜身の長剣を手に並走する。
屋敷から飛び出してきた傭兵の能力者たちが、リオナの行く手を阻もうと立ちはだかった。
炎や氷の弾丸がリオナめがけて放たれる。
「――させない!」
リオナは立ち止まらず、本能のままに手を前にかざした。
彼女の特質である「風」と「光」の魔力が渦を巻き、迫りくる攻撃を相殺して弾き飛ばす。
しかし、攻撃の数が多く、撃ち漏らした数発がリオナの死角から迫る。
「甘いッ!」
カイルが咆哮と共に踏み込み、魔力を帯びた長剣を一閃させた。
炎の弾丸が両断され、霧散する。
カイルはその勢いのまま傭兵の懐に飛び込み、剣の峰を叩き込んで昏倒させた。
反対側では、シオンが流れるような剣舞を見せていた。
氷の槍を最小限の動きで躱し、すれ違いざまに相手の急所を的確に突いて無力化していく。
「リオナ様、ガイドリンク繋ぎます。魔力消費の効率化と、索敵情報の共有を」
「カイル、右翼の敵影三、排除を頼みます」
「指図するな! ……分かってる!」
シオンの冷静なサポートと、カイルの圧倒的な突破力。
二人のガイドから流れ込んでくる安定した精神の波が、戦場に不慣れなリオナの恐怖心を勇気へと変換していく。
(凄い……。これが、ガイドとガーディアンの連携……!)
一人では足がすくんでいたかもしれない。
魔力の制御を誤って暴走していたかもしれない。
けれど今、リオナの背中には絶対的な安心感があった。
「ありがとう、二人とも! ……私、行けるわ!」
「ああ、行こうぜ! 俺たちがついてる!」
「ええ。貴女の往く道は、私たちが切り開きます」
三人は矢にようになり、混乱する敵陣の中央を突破していく。
その後方では、マダム・ローズが優雅に歩を進めていた。
再び立ち上がろうとする敵兵を、扇の一振りで紫の雷に沈めながら。
「あらあら、元気なこと。……さて、ヴァレンティン公。年貢の納め時よ」




