第二十話:狂信者の奉仕
コンコンコン――
日が暮れて、夜が深まる時刻、リオナの私室の扉がノックされた。
「リオナ様、お呼びでしょうか?」
「ええ。シオン、入って頂戴」
リオナに促され、シオンが姿を現す。
シオンが最後にここを訪れたのは誘拐事件の前の「共鳴の儀式」の時だった。
その後、シオンは『刻印』契約を申し出たが、リオナは断った。
――二人きりで顔を合わせるのはそれ以来になる。
リオナは明かりを絞った薄暗い部屋で寝台に腰掛けていた。
身体に纏っているのは薄い夜着のみでシオンを静かに見上げていた。
彼女の意図を考えないようにしながら、シオンはリオナの前に片膝をつく。
二人っきりの閨であってもシオンは騎士であり続けていた。
シオンとリオナは「二次発現」するまでの師と生徒という関係だった。
リオナが「守り手」となった今、二人を繋ぐ絆は存在しなかった。
そのはずなのにリオナはシオンを呼んだのだ。
彼女の意図を考えないように視線を伏せる。
「ねぇ、シオン。私を見て」
甘い声が頭上から降ってくる。
顔を上げられずにいると、ぎしりと寝台がきしむ音がして、リオナの手が優しくシオンの頬を撫でた。
「貴方が欲しいの。貴方の静かで真っすぐな「共鳴の儀式」を私に頂戴」
あからさまな誘惑の言葉にシオンは恐る恐る顔を上げた。
嫣然と微笑みを浮かべるリオナと目が合う。
その目はまっすぐシオンを見ていた。
――ただ一人、シオンだけを。
呼び出され、期待していないわけではなかった。
しかし、リオナにはカイルがいる。『刻印』契約も断られた。
自分には彼女にできることはないと自分に言い聞かせていた。
それなのに、――。
「……私で、いいの、ですか?」
緊張で喉がからからだった。
かすれる声でそう聴くのが精いっぱいだった。
「貴方が、いいの。欲張りな「守り手」はいやかしら?」
揶揄する言葉に静かに頭を横に振る。
リオナには「運命の絆」がいる。それは揺るがない事実だ。
そうであっても、自分を必要だと言ってくれるなら、喜んで受け入れ、この身を捧げる。
「いいえ。いいえ、貴女が求めてくださるのであれば、構いません」
歓喜の思いが心の奥底から溢れ出てきた。
リオナを見つめ返す目に熱が籠る。もう、思いを隠せそうにない。
改めて見るリオナの白い肌に幾多も残された紅い印は前夜の愛の名残。
それを見つめる静かなシオンの眼差しの奥に暗い炎が灯る。
「――リオナ、様」
シオンは、リオナのつま先に口づけを落とす。カイルの荒々しい愛とは違い、その口づけはまるで清らかな聖遺物に触れるかのように恭しく深い敬愛に満ちていた。
ただ静かに口づけを繰り返す。静かな部屋にシオンの口づけと息遣いが密やかに響く。
シオンの唇はリオナの足の甲から膝裏へ余す所なく這い上がっていく。
「……んっ……!」
ちろりとシオンの波動がリオナの膝裏を這う。そのくすぐったさにリオナは吐息を漏らした。
シオンの口づけとともに静かな熱がリオナの体に染み込んで来る。真綿で身体を包み込むような「共鳴の儀式」に焦らされてしまう。
静かに身体を満たすようなシオンの「共鳴の儀式」が心地よかった。その心地よさがもっと欲しくて、リオナの瞳に涙が湛えられる。
「シオン……もっと……」
リオナの緑玉の潤んだ瞳が、優しい愛撫を続ける男の琥珀色の瞳を捉えて、強請る。
「まだ駄目です、リオナ様。強い「共鳴の儀式」を受け入れることは傷ついた貴女の身体には負担になります――」
小さく笑みを浮かべ、シオンの体温の低い白い手がするりとリオナの腰を這う。
「まずはこの小さな疵を全て癒やさないといけませんね」
リオナの細い腰を大きな手で包みこんだまま、今度は首筋に口付ける。
昨夜の名残り。カイルがつけた赤い花びらの跡をひとつづつ消していく。
疵の消えた綺麗な白い肌をカイルの長い指がゆっくりと辿る。
「ああ、これでいい。貴女に疵痕を残すことは何人たりとも許されませんから」
「……ああ、シオン……」
「大丈夫ですよ、リオナ様。貴女を完全に癒やすことが私の役目です。何も怖がらなくていいのですよ」
小さく震えるリオナの唇に優しく口付け、その瞳から零れ落ちた涙を掬い取った。それは騎士の恭しさでありながら、独占欲に裏打ちされた背徳的な行為だった。
「今だけは、貴女は私だけの女王で、私は貴女のたった一人の従僕です。貴女の全てを私に委ねて下さい」
「シオン……私だけの魂の共鳴者……」
「――っ!」
シオンの琥珀色の瞳に、一瞬、激しい動揺と狂気が走る。運命の絆を持たない彼が最も切望する「称号」を、リオナはあまりにも無邪気に、そして絶対的な支配力をもって与えた。
「――貴女はなんて酷い女王なのでしょう。すべてを見透かしたように私の願いを簡単に口にする」
我知らずシオンの声が震えていた。何と言う仕打ちだろう。理性の完全な敗北感と、ねじれた愛の歓喜が身の内で荒れ狂う。
もうこれで彼女から逃れることが出来ないだろう――甘美な鎖で魂を絡め取られてしまった。
「ええ、――ええ。貴女に私のすべてを捧げましょう。貴女だけが私のたった一人の『絆』です」
シオンの生真面目な忠誠は、剥き出しの狂信的な愛へと変貌する。その瞬間、彼の理性という名の鎧は砕け散り、唯我独尊の狼が解き放たれた。
「貴女だけが私のたった一人の『絆』です」――その言葉は、究極の独占欲の誓いだった。
シオンの瞳に女王への絶対的な服従と狂信的な独占欲が灯っていた。その表情は、騎士の静謐な美貌を保ったまま、背徳的な狂気を宿す。
「シオン……」
その変貌を目の当たりにし、リオナは女性としての悦びと女王としての支配が綯い交ぜになった興奮に身を震わせた。
シオンは、リオナの身体を覆い、先ほどまで丁寧に口づけを落としていた足元から再び愛撫を始める。
「リオナ様、貴女の身体の隅々まで、私だけの痕跡で清めなければ……。他の者の記憶など、欠片も残してはいけない」
そう囁きながら、シオンは先ほどリオナの涙を誘った膝裏の柔らかな皮膚に、今度は深い波動が伝える。リオナの肌は、シオンの低い体温と、狂おしいほどの集中力に、鳥肌が立つ。
シオンの繰り返される「共鳴の儀式」は、まるで儀式を執り行う時の厳かで緻密な調べのようだった。
「んっ、ふ……! シ、オン……あ、んっ……」
リオナの口から小さく声が漏れ、その潤んだ瞳は更なる快楽を強請る。
シオンは、リオナのわずかな身悶えも快楽の証明として受け止め、前夜の痕跡が強く残る場所、特に首筋や胸の谷間、臍のくぼみに到達すると、そこにより深く、より長い口づけで上書きしていった。
柔らかな白い肌のいたるところに新たな徴を刻むと、リオナの細い腰を抱き寄せ、身体の密着させてガイディングの波動を送り込む。
「今、貴女に徴を残すのは私だけです……。さあ、リオナ様。貴女の魂の全てを、この私に委ねて」
深く繋がり、魂まで溶かすような甘い囁きにリオナは頷くのだけで精一杯だった。
シオンの緻密な「共鳴の儀式」は、リオナの魔力波動の核を、優しく、しかし容赦なく浸潤していく。それは、カイルの情熱的な爆発とは対照的な、魂の隅々まで侵食し尽くす、静かなる狂信の愛だった。
リオナの体は、支配者としての屈服と、女性としての極上の悦びに満たされていった。




