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第十一話:翌朝の激変と招かれざる客

 翌朝。シオンはリオナから「カイルを選んだ」という報告を、静かに受け入れた。


「承知いたしました、リオナ様。貴女様の選択を心から尊重します。私も引き続き、貴女様の命と魂の安定のため、ガイドとして尽力させていただきます」


 シオンは、カイルの魂から「支配欲」が消え、「服従と献身」に置き換わっていることを感知し、内心で安堵した。


 しかし、その安堵も束の間、悲鳴が響き渡った。


「リオナ様の波動が……消えた!?」


 カイルは、シオンの部屋へ血相を変えて飛び込んできた。その顔は蒼白だが、昨晩の絶望的な崩壊とは違い、激しい怒りと焦燥で歪んでいた。


「くそっ! 俺の共鳴の儀式(ガイディング)が途切れた! 意識を失っているのか、遮断されているのか、分からん!」


 シオンは冷静に状況を判断した。リオナの波動が完全に途絶。これは、魔物化(ゾーンアウト)ではなく、外部からの強制的な介入、すなわち誘拐を意味する。


 シオンはすぐに総隊長に緊急報告を入れた。それと同時に混乱するカイルを諌める。


「カイル、落ち着きなさい。まずは状況分析をしなくてはいけないのに、あなたが取り乱してどうするんですか!?」


「何を言っている! リオナを失ったら、俺は……!」カイルは怒鳴り散らし、再び魔物化(ゾーンアウト)の危機に瀕する。


 シオンは決意し、虎の子の魔法石を噛み砕く。精霊の力が溢れ出し、シオンの瞳が鋭く光った。彼は、暴走するカイルに手を伸ばし、荒業の共鳴の儀式(ガイディング)を開始した。


「カイル隊長。あなたの情緒の制御権は、私が一時的に預かります! リオナ様を救うという命令のために、道具として機能しなさい!」


 カイルは屈辱に顔を歪ませたが、シオンの冷徹な理性と共鳴の儀式(ガイディング)の力に、抗うことができなかった。





 シオンの緊急報告を受けたマイルズ総隊長は執務室で頭を抱えた。


一次覚醒者(レヴァレント)の誘拐だと! あの波動の安定化によって、奴らの監視網に引っかかることになったか……。これは、あの二人には手に余る事態だ――」


 リオナ誘拐の一報は急を要する事態であった。


「背に腹は変えられん。――あの方の力を借りるしかあるまい」


 迷っている暇はなかった。


 意を決するとマイルズ総隊長はその人を召喚要請を行うと、それに応じたローブ姿の人影が執務室に現れる。


「――唐突ですね、マイルズ。リオナの身に何かあったのね」


「マダム・ローズ、召喚に応じていただき感謝する。リオナが誘拐されたのだ」


「何ですって? ……まあ、遅いくらいかしら」


 マイルズとマダム・ローズは旧知の仲だった。


 聖護隊総隊長とかつて神殿の長であった二人にとって今回の誘拐事件は予想されていたことだった。


「これまではリオナの力が安定していなかったのが、幸いしていたようだ。問題が一つ片付いたら、次が出てくる」


「貴方の周りはいつもそうね。リオナ誘拐はあいつらの仕業と見ていいわね」


「間違いないだろう。これは、我々の弔い合戦でもある。かつての我らが同胞アルテミス・ヴァレンティンとアウローラ・セレネの能力と命を弄んだ輩を今度こそ完全排除する」


「ええ、そうね。リオナの両親を奪ったあいつらに死を願うほどの後悔をさせてあげましょう」


 かつて、彼らと同じようにアルテミス・ヴァレンティンとアウローラ・セレネは『守り手(ガーディアン)』と『共鳴者(ガイド)』として世界を守る権であった。


「今度こそ、我々が勝つ。――申し訳ないが、力を貸していただきたい。うちの青二才二人ではどうにもならない。頼めるだろうか?」


「無論。私にできることをいたしましょう」


 マイルズが手をかざすと同時に魔法陣が現れる。


『元神官長、マダム・ローズ。過去の罪を不問とし、封じていた全ての能力をお返しする。その能力を持って、リオナ・レヴァントの救出とカイル・ブランドンの矯正を命じる』


 その宣言をもって、ローブ姿が光りに包まれた。そして、その光が消えるとともに、マダム・ローズは彼女本来の姿と能力を取り戻した。


「オホホホ――あら、面白い命も追加されているようね」


「申し訳ないが、カイルの件もお願いしたい。私ではアレの手綱を操れそうにない」


「そうね、貴方とは相性が悪いでしょうね、あの傲慢なブランドン公爵家長子は。いいでしょう、二つまとめて、面倒見てあげますわ」


「助かるよ」


 肩の力を抜いたマイルズを残し、マダム・ローズはその場から姿を消した。





 その時、拠点の外から、凄まじいS級の魔力波動と共に、荘厳な声が響いた。


「あら、随分と騒がしいわね。S級ガイドが二人もいて、愛しい一次覚醒者(レヴァレント)一人守れないなんて。特にあの泣きわめく大型犬(カイル・ブランドン)は、誰か躾けた方が良さそうだわ。オホホホ!」


 総隊長の極秘指令を受けた、元神官長、マダム・ローズが、辺境の地に降臨したのだった。


 妖艶な笑みを浮かべるゴージャスなアップスタイルのプラチナブロンド、アメジストの瞳を持つ、威厳あるグラマラスな熟女が濃いパープルのドレスの裾を華麗に翻す。


 シオンは、暴走するカイルを魔法石の力で床に縫い付けたまま、自らは片膝をつき、完璧な騎士の礼で頭を垂れた。


「元神官長、マダム・ローズ。この度は緊急事態へのご対応、心より感謝申し上げます。私は、聖護隊S級ガイド、シオン・クラウスと申します。現状、カイル隊長の情緒不安定により、救出作戦の遂行が困難を極めています。どうか、貴女様のお力添えをお願い申し上げます」


 シオンは一切の私情を挟まず、その場で最も合理的かつ敬意ある行動を取った。


 マダム・ローズは、その完璧な立ち居振る舞いに満足げに微笑んだ。彼女は豪華なレースの手袋をはめた右手を、優雅に差し伸べた。


「オホホホ。いいわ」


 シオンは、迷いなくその手を取り、ローズの手甲に敬愛の口づけを捧げた。その瞬間、ローズのS級の波動が、シオンの揺るぎない献身を受け入れた。そして、その手を引き、優雅に立ち上がらせた。


「貴方、なかなか優秀なようね」


 ローズの瞳――深いアメジスト色の光が、シオンの琥珀色の瞳を捉える。


「あの泣きわめく大型犬とは違い、自己の感情を律し、最善の行動を取る。貴方のその冷静な判断力と献身こそが、この拠点の理性よ。今後の救出作戦では、貴方を私の副官とするわ」


 ローズは、優雅にカイルを見下ろした。カイルは屈辱と怒りで顔を歪ませているが、シオンの共鳴の儀式(ガイディング)で身動きが取れない。


「そして、そちらの問題児」


 カイルを扇でツンと指し示し、容赦なく言い放った。


「貴方は、リオナ隊員を救うための単なる道具としてのみ機能しなさい。貴方の稚拙な支配欲と、無駄な感情の垂れ流しは、リオナ隊員を二度も死の危機に晒した。その罪を償うまでは、貴方の情緒の制御は、私とシオンに一任してもらうわ。オホホホホ!」


「ちょっと待て。マダム・ローズ、あんた、ぜんぜん違うじゃないか!」


 カイルの疑問に答える言葉はなく、そのプライドは、圧倒的なS級の権威と、シオンというライバルの有能さによって、完全に打ち砕かれたのだった。

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