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そのページには、スタイリッシュな文字でこう書かれていた。
(体験入学……!)
急いで画面をスクロールし、パソコンのディスプレイに顔を近づける。
「夏休みを利用して本校の英語教育を体験してみませんか? 実際のクラスで2週間、同じ教育をご体験いただけます。すでに他の幼稚園、保育園に通われているお子様も歓迎。別途申込みで退勤時間までのお預けもしていただけます」
「実際のクラスに二週間体験入学。費用は……特別価格で五万円!!」
高いのか安いのか私にはぜんぜんわからなかった。
もちろんうちの家計的には大打撃な金額だけど、良い教育を受けるのに相応のお金がかかるのは当たり前だ。
(二週間なら保育園を退園しなくても通える。聡太も英語に触れられるし、いろんなお友だちと関われるのはいい経験になる……)
聡太の気持ちも聞いてみないといけないが、体験入学すること自体にデメリットはないように思える。お金以外は。
(学校見学会は定期的にやっているみたいだけど、実際のクラスへの体験入学はこの時期にしかやってないみたいね。これを逃すと痛いわ)
心臓がドキドキと高鳴り始める。
ここに不倫相手がいる。
どんな顔をしているのか、この目で見ることができる。
(スクショのやり取りから考えると、相手は私の名前は知っていても顔は知らないみたいだから)
健一郎にも罪悪感があったのか、聡太のことは少なくとも私が手に入れた履歴の中では一度も出てきていなかった。
(実際に入学するわけじゃないのだから、『私』であることは伏せていきましょう)
そうして翌日。
聡太に体験入学の件を聞いてみると、あっさり「にしゅうかんおわったらもどれるの? それならいいよぉ」と言ってくれた。
「本当にいいの?」
「うん、いいよぉ。パパいなくてひまだしぃ」
いっちょ前なことを言う聡太。無邪気な表情に健一郎の状態を思うと胸が痛む。
「それにね」
「ん?」
「ママ、きのうよりうれしそうなおかおしてるから。ぼくがたいけんがくにゅーしたらよろこぶんだよね?」
「……」
「ぼく、ママによろこんでほしい。だからどこでもいくよ」
「聡太……」
聡太は小さな身体で、ぎゅっと私を抱きしめた。
「ママ、だいすき」
「……うん。ママも聡太のこと大好き」
――こんないい子のためにも。
私は必ず二週間のうちに相手を見つけ出し、ことの真実を明らかにしようと誓ったのだった。
◇
梅雨が終わり蒸し暑い夏がやってきた。
保育園の入園式で着たきりのスーツに身を包んで、私は麻布の一等地に立っていた。
今まで一度も足を踏み入れたことがないような、高級でエリートな雰囲気が漂う学校内。自分が通った下町のおんぼろマンモス校とは大違いだ。
手を繋いでいる聡太のあたたかい手だけが私を落ち着かせてくれる。
「ではお母さん、簡単に挨拶をお願いします」
担任の先生から促されると、私は前を向いてしゃんと背筋を伸ばした。
目の前には四歳児クラス――レインボークラスの子どもと保護者十人が並んでいる。
午前中に保護者会があって、その流れで体験入学の歓迎会がおこなわれると聞いていた。いかにもインターらしい距離感の近いあたたかさだ。
けれども私は歓迎されに来たわけじゃない。
戦いに来たのだ。
(この中に夫の不倫相手がいる。必ず突き止めて、ことによっては地獄を見せてあげる)
「体験入学に来ました高嶋実咲と聡太です。皆さん、二週間よろしくお願いしますね」




