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聡太を寝かしつけると、いつものようにパソコンに向かう。
こうなるまでは子供と一緒に寝落ちして朝を迎えていたけど、今となっては健一郎の世話を焼かなくてよくなったぶん、多少の夜ふかしは平気になっていた。
事故に遭って可哀想だという気持ちは戸籍謄本の【離婚日】という三文字を目にした瞬間どこかに吹き飛んでいった。
健一郎にとって私はそれっぽっちの存在だったのだと思うと、心配するだけ馬鹿らしくなってくる。
「さて……。見たくないけど、これが唯一の手がかりだから」
スマホからパソコンに転送した画像をクリックする。
《今日の夕飯も売れ残りの惣菜だったわ。綾乃のやつ、一回唐揚げが美味いって言ったら、それから毎日持ち帰るようになっちゃって》
《かわいそうな健一郎さん。わたしが作ってあげたいな》
《なにそれ幸せすぎ》
《木曜の夜、いつものホテル取った》
《今日も会ったばっかりなのに気が早いですよ? でもそういうところが可愛いです…♡》
――健一郎と不倫相手のやりとりのスクショだ。
不倫に気づいた日にできる限り保存して自分に転送したものだけど、改めて遡ってみると三か月分あった。
健一郎のスマホは事故でバキバキになってしまっていたので、今ある情報はこれだけ。
あの日最後まで見られなかった画像を心を殺して確認していく。
《今日もお仕事おつかれさま!》
《まだ契約書の作成中。ウザ客だるい》
《今月のノルマきつい》
《ウザ客はどうなりました?(´・ω・`)》
《結局予定より安い物件の契約になった。まじダルい》
《そっかぁ…。じゃあ、今度の夜はパーっと楽しく過ごしましょうね♡》
《俺を癒して》
やり取りの多くは健一郎が愚痴を垂れ流し、相手の女が話を聞くという構図のようだ。次々と画像を表示させていく。
《今日も疲れました〜、身体バキバキです》
《子供がぐずった?》
《一日中そんな感じでしたぁ》
――子供? 相手の女には子供がいるの??
健一郎側の浮気だと思い込んでいた自分にハッとする。
相手の女性に家庭や子供があってもおかしくなかったのに……。
《1日中騒がしくてストレス溜まりまくりですぅ(´・ω・`)》
《どっか食べいく? 綾乃には残業だって言えばいいし》
《え、ほんとですか♡ じゃあ赤坂のイタリアンがいいです〜!!♡♡ 実家に寄ってから行くんで19時待ち合わせでもいいですか?》
《飯のあとも空けといてよ》
《もちろんです♡》
――私は思わずこめかみを揉んだ。
この女は子供を置いて健一郎と逢瀬を重ねていたらしい。
《今日はどうします?》
《休日出勤って行ってきたからずっと一緒にいられる》
《じゃあウエストブリッジの裏で待ち合わせでいいです? 提出する書類があったんで。ホテルにも近いですし♡》
《おk》
《時間があったらお花見もいいですねっ》
ウエストブリッジ。その文言に目が留まる。
あったか亭の前が散歩コースになっている、幼児向けインターナショナルスクールの名前だ。
書類を提出するということは、ここに子供が通っている可能性が高いのではないか。
大きなヒントを見つけてゴクリと喉が鳴る。
《ホライズンホテル、結構良かったな》
《ルームサービスも最高でしたっ! スィート取ってくれてありがとうございました♡ 健一郎さんスマートでかっこよかったです♡》
《どういたしまして》
《休みが終わっちゃった。また4歳児の相手が始まるぅぅぅ》
――子供は、四歳?
スクショ画像を何回も読み直して間違いないことを確認した。
(……かなり情報が絞り込めてきたわ)
不倫女のアイコンは幼児向け玩具の画像で、名前は【*Kちゃそ*】となっている。
私との行為中に健一郎が「けいちゃん」と口走ったことからも、この女と同一とみていいだろう。
三か月分のスクショを確認し終えると、私は改めて頭の中を整理する。
不倫相手はウエストブリッジインターナショナルスクールの四歳児クラスに通う子どもの保護者。
けいちゃんと呼ばれるような名前、あるいはイニシャルにKを含む可能性が高いこと。
つぎはぎの情報だが、調べる価値は充分にあると思った。
(散歩の様子を見ていると、一クラス十人ちょっといると思うのよね。どうやったら保護者の情報を手に入れられるか……)
インターに直接訪ねていって教えてもらえるとはさすがに思わない。個人情報保護の考え方が高まっていることは私でも知っている。
(インターの前で待ち伏せして、それとなく保護者に聞いてみる? いや、それを何人も繰り返すなんてただの不審者だわ……)
そもそも富裕層が通うような学校だ。警備もしっかりしているに決まっている。
唸りながらウエストブリッジインターナショナルスクールのホームページを開いて眺めていると、ふとあるページに目が止まった。




