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【改稿版】私の夫を盗ったの誰ですか?  作者: 優月アカネ@重版御礼


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「大竹先生!」


 曇り空を見上げるようにして待っていたのは、ウエストブリッジの担任の先生だった。

 ツイード素材のおしゃれなスーツを着こなし、ひざ上のスカートからはすらりと美脚が伸びている。

 先生は私に目を移すと清楚に微笑んだ。


「高嶋さん。すみませんお仕事中に」

「いえ大丈夫です。どうされたんですか?」


 先生は紙袋から本のようなものを取り出した。


「体験入学中にたくさんお写真を撮ったんです。アルバムになっているので、よかったらと思って」

「えっ、すごい! すみませんありがとうございます」

「郵送でと思ったんですけど、近くで働いてらっしゃるから直接来ちゃいました」


 しっかりしたアルバムを開くと笑顔の聡太が現れた。お友達と知育玩具で遊ぶ様子や外国人教師とダンスをしている様子、お散歩中の様子などが切り抜かれ、それぞれに先生が一言コメントを書いてくださっている。

 結局入学しなかったのに、いただいてしまっていいのだろうか。


「いいんです、いいんです。実のところ、これも体験料金に含まれているので」

「そうなんですか? じゃあ、ありがたくいただきます。嬉しいです」


 大竹先生はにこにこと笑って「汚れないようにどうぞ」と紙袋までくれた。


「いまからウエストブリッジに戻るんですか?」

「もう授業は終わったので、これから外回りです」


 先生は小脇に抱えたブリーフケースを示してみせる。

 書類仕事、役所仕事もあるなんて。教師って本当に大変な職業だ。特にインターは英語も喋れなきゃいけないから、私とは違って小さなころから勉強を頑張っていないと就けないはずだ。

 そんなふうに感心していると、腕にポツリと水滴が落ちた。


「……雨?」


 見上げると、曇り空からぽつりぽつりと水滴が降り注いでいた。


「先生、傘はお持ちですか?」

「そこのコンビニで買います」

「あ、じゃあこれ良かったら」


 私は店にたくさん置いてあるビニール傘を一つ渡した。


「え、でも」

「たまる一方なんで気にしないでください」


 家にも職場にもビニール傘が溜まっている。安いものだから困っている人に使ってもらえるなら嬉しい。

 先生は遠慮していたけど、一気に強まってきた雨脚を見上げると手を伸ばした。


「……ありがとうございます。明日お返しします」

「いえ、いいですよ。差し上げます」

「だめです。人から物を貰うなんて」


 強い口調にドキッとすると、先生はハッとした表情を浮かべて目を伏せた。


「すみません。……では、失礼します」

「お気をつけて」


 足早に去っていく後姿を目で追いながら、何かまずいことを言ってしまったのだろうかと考える。

 もしかしたら先生が受けてきた箱入り教育では、人から物を貰うのは良くないこととされているのかもしれない。


(押しつけちゃったみたいで悪かったかな。気をつけよう)


 胸に紙袋を抱いて店の中に戻り、お惣菜の補充をする。

 ふと、気がついた。


(ここで働いてること、先生に言ったっけ?)


 ◇


 聡太を迎えに行く前に病院に足を運ぶ。体験入学期間は忙しくて来られなかったから、ずいぶん久しぶりだった。

 こんな男の顔なんて見る必要ないけれど、まったく行かないのも薄情者のような気がしてしまう。健一郎のためではなくて、自分のために来ているだけだ。

 相変わらず健一郎はたくさんの管に繋がれたまま。穏やかな寝顔が憎たらしい。


(あなただけ呑気に寝てるなんて)


 妻ではない私は「知人」あるいは「友人」ということになっている。看護師さんに探りを入れたところ、「奥さん」は事故当日から一度もお見舞いに来ていないらしい。驚いたことに、そういう家庭は珍しくないということだった。


『旦那さんが入院して生き生きしている奥さんもいるんですよぉ! ほら今は自分でお金を稼げる女性が増えてるでしょ。お荷物が減って気楽です~料理も無理しなくていいし~なんて言ってね』


 豪快にそう笑った師長さんもバツイチのシングルマザーだという。


(荷物が減って気楽、か……)


 健一郎の横顔を眺めながら顎の下で手を組む。

 こういうことにならなければ私は離婚なんて考えもしなかったはずだ。大事故に遭った健一郎のことを心底心配して、聡太と毎日お見舞いに通って祈っただろう。

 不倫相手とのメッセージのやり取り。夫婦の営みの最中に発せられた自分ではない名前。いつのまにか抜かれていた戸籍。

 次々に思い出していくと怒りとやるせなさが込み上げる。


(こんな思いしなきゃいけないのも、全部全部あなたのせい)


 自分と聡太の人生をぶち壊しにされた。そんな仄暗い闇が胸を覆い尽くしていく。

 気がついたら私は健一郎の呼吸器に繋がる管を握りしめていた。

 シュー、シュー、という送気音と上下する健一郎の胸元に目を遣ると、グッと手のひらに力が入った。


(……これを抜いたら、健一郎は死ぬのかな)

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― 新着の感想 ―
うわぁ。 まあそうしたくはなりますわな。 でもそれ派はダメだぜ。 息子さんのためにもこらえなきゃ。 そんで罪には罰なのだと相手に真っ当な制裁をくだして教えてやんなきゃ。
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