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【改稿版】私の夫を盗ったの誰ですか?  作者: 優月アカネ@重版御礼


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 ”品質がわたしたちの誇りです さあ、自分らしく輝く未来を”

 ”ナチュリージャポンはサステナブルで良質なプロダクトだけをお届け”


 外国と思われる広大な農村をバックに、笑顔の女性がこちらに向かって白い歯を見せている。

 そんなパンフレットが目の前に並べられていくが、私は何が起こっているのか理解することができなかった。

 敬子は身を乗り出して手を組んだ。


「母親業って体力、健康が一番大事じゃない? 聡太くんのためにも高嶋さんが元気でいることが一番大事だと思うんだよね。これ実際あたしも使ってるんだけど、やっぱり調子いい感じするもん。普段はあんまり感じないけど、飲み忘れたときに『あ、身体だるいな』って気がつくんだよね」

「……」

「うん、パンフレット自由に見てみて! おすすめはこのマルチビタミンタイプかな。あたしの紹介だから初月は無料で試せるよ。その後はちょっと月々お金はかかっちゃうけど、健康を買うと思えば全然高くないと思う。実は、体壊して病院にかかるのと比べたらナチュリーのほうが得っていうデータも出ているの」

「……えっと」

「抗酸化作用って知ってる? 市販の安いサプリだと『こんな良い成分が入ってます』って書いてあっても、実際はほとんど吸収されなかったり質が低かったりして意味ないんだよね。ここのサプリは良質な植物をまず選別してるの。すごいよね。徹底した生産管理と成分抽出をしているから、赤ちゃんが摂取しても大丈夫なくらい品質と安全性に自信があるんだって」

「あの」

「あ、あくまで身体が本来持っている力を引き出すような商品だから。薬じゃないからそこは知っておいてね。そういえば高嶋さん、お弁当屋さんに勤めてるんだって? 余ったお惣菜をもらうこともあると思うんだけど、それじゃ栄養も偏るでしょ。良い機会だから栄養についてもちょっと勉強してみない? ちょうど今日この近くで勉強会と販売会があるの。よかったら一緒に行ってみようよ」

「ちょっと待ってってば!!」


 がやがやとしていた店内が静まり返る。

 客の視線が集まっているのを感じたが、私は自分を止めることができなかった。


「ねえ、私を馬鹿にしているの?」

「ど、どうしたの高嶋さん。そんなわけないじゃない」


 怒りで全身が震えている。

 私はテーブルに広がる資料を思いきり振り払った。


「ふざけないでよっっ!」

「きゃっ」

「こんなんじゃなくて! 他に言うことがあるんじゃないって言ってるんです! もう全部知ってるんだから、二月十四日、バレンタインのこと。これ以上私を馬鹿にしてしらを切るつもりなら旦那さんにも全部バラしてやるわ!」


 唖然とする敬子の顔から血の気が引いていく。

「どうして知っているんだ」と憔悴した様子になるが、私の剣幕に押されてうまく言葉が出てこないようだった。


「わかった。言うから! 全部言うから家族にだけは言わないで!」

「早く」


 敬子は声を落とし、泣きそうに顔を歪めた。


「借金のことでしょう! 高嶋さんが知ってるってことは噂になっているの? もう終わりだわ」

「…………借金」

「二百万円、消費者金融から借りてることでしょう。どうしよう。建物に入るところを見られたのかしら」


 まったく予想はずれな答えに、すぐには言葉が出てこなかった。


「……二百万円も何に使ったんですか」

「推しに課金したの」

「推し?」

「上の子たちが大きくなって、ようやく自分の時間が増えてきて……。たまたま動画サイトでみつけたアイドルの卵を見ていたら、若いのにすごく頑張っていて、応援してあげたくなっちゃって。こんな年甲斐もないこと気持ち悪いかなって思って、家族には言えなくて……」

「アイドル、の、応援?」

「投げ銭とか、グッズとか、ライブのチケット。使った額だけファンクラブの中で地位が上がるようになってるの。どんどんランクが上がって感謝されることが嬉しくて……。家ではなんでもかんでもやって当たり前って思われてたから……」


 敬子はハンカチで目元を拭った。

 さっきまではあれほど饒舌に商売文句を並べていたのに、別人のように小さくなって震えている。


「……で、二月十四日っていうのはどういう関係があるの?」

「その子の生誕イベントに出かけた日よ」


 敬子がスマホを提示する。

 飾りつけのされた会場で、ケーキを持った青年を囲んでファンが集っている写真が映っていた。彼の真横に陣取っている敬子は満面の笑みでピースサインをしている。

 公式ホームページを調べてみると確かに二月十四日に開催されていて、昼に行われた生誕イベントのあとは夜まで特別ライブが開催されていた。


「……その日思ったより帰りが遅くなっちゃって、夫に浮気を疑われてしまったの。本当のことを言うわけにもいかないでしょう。実は今も冷戦状態でね」


 敬子は赤く腫れた瞳で自分を嘲るように口角を上げた。


「だから借金だけでも早く返さなきゃって、こうやって副業をしてたってわけ。どこで夫の耳に入るか分からないから相手は選んでるつもりだったけど。……それで、高嶋さんは何が目的なの? あたしたち知り合ったばかりよね。気を悪くするようなことはしていないはずだけど」

「……これだけ確認させてください。町浦さんは推し活をしていただけで、浮気をしていたわけじゃないってことですね?」

「もちろん。あたしも夫も同じ病院に勤めてるから夜勤でもない限り一緒に出勤して同じ車で帰っているわ。休日はどこどこに連れてけっていう息子のリクエストに付き合ってばかり。推し活だって夜の寝る前にやってるくらいで浮気をする暇なんてない。……もしかして高嶋さん夫の知り合い? まさかあたしを調べるように頼まれてきたの?」


 勝手に勘違いした敬子は慌てて身の潔白を証明し始める。スマホと手帳を並べて私のほうに向けた。


「嘘じゃない。平日は基本夫と一緒に行動しているし、休日はほら! 家族でキャンプしたり息子とショッピングセンターに行ったりしてるでしょ。証人がいるもの。たまーに一人の時間をもらうけど、全部推し関連のイベントだもん。チケットの半券とってあるよ。ほら写真も」

「……」


 健一郎が確実に不倫をした日と照らし合わせていくと、噛み合わない日がいくつもあった。

 私は頭を抱え、長い溜息をついた。


「ねっ! 浮気なんてしてないの。それだけは信じて。だから借金のことは黙っててくださいっ!」


 ――町浦敬子は健一郎の不倫相手ではない。それどころか私に対して一つも悪いことをしていない。

 テーブルに頭を下げ続ける敬子に対して掛ける言葉を見つけるのには、しばらく時間が必要だった。


「……大きな声を出したりしてごめんなさい。私、勘違いをしていたみたい。今日はその、学校について聞きたかっただけなの。旦那さんと面識はないし、もちろん今聞いた話を誰かに言ったりもしません」

「ほ、ほんとう!? よかった……!」


 敬子は大げさなくらい安心していた。お冷を一気に飲み干すと、ふたたびハンカチで目元を拭った。


「……借金はともかく、推し活って悪いことじゃないと思うんですけど。今どきはそういう趣味の人も多いでしょう」


 私自身にそういう対象はいないけど、あったか亭の和子さんはとある俳優さんの熱烈ファンだったりする。生活に潤いが出るというし、今や推し活は一つの文化にさえ思えるのだけれど。

 しかし敬子は首を横に振った。


「あたしはもし夫が若い女の子に課金していたら嫌だもの。いくら恋愛感情がなくたって割り切れないと思う。それこそキャバクラと何が違うのって」


 だから自分も言いたくない、隠さなきゃいけないんだ、と敬子はつぶやいた。


「……これからもこの副業を続けるんですか」

「稼げるってことで始めてみたけど、あたしには向いてないかも」


 敬子は寂しそうに微笑んだ。


「入会したときの勉強会で、すごくいいものだって教わったんだけどね。途中から相手に申し訳なくなってきちゃったの。自分が紹介した商品の売上と継続率が分かるんだけど、ほとんどみんな無料期間で辞めてた。あたしに気を使って買ってくれただけなんだって」

「……そうですか」

「うん。だから最近はあんまり声をかけてなかったかな」


 勧誘パンフレットに目を落とす敬子の表情は、得たものより失ったもののほうが多いことを物語っていた。


「無責任なことは言えないけど、町浦さんには別の仕事のほうが合ってる気がする。はっきりものを言えるし、話も上手なんだから」

「そう……だよね」

「もし困ったことがあったら、私でよければ言ってね。……下町のよしみだもの」


 そう伝えると、敬子は泣きそうな顔で笑った。


「ありがとう高嶋さん。さっきはびっくりしたけど、はっきり言ってくれて助かった。あたし何やってるんだろうって目が覚めたわ」

「いや……私こそごめんね」


 一騒ぎ起こしてしまった店内も、すっかり元の賑やかな雰囲気を取り戻している。機を見計らったかのように女性店員が私たちのテーブルにやってきた。


「――失礼いたします。お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」


 あっ、と敬子と顔を見合わせる。

 まだ注文をしていなかったことに苦笑いをして、私たちは揃って店員さんに頭を下げたのだった。


 ◇


 カフェを出るとじりじりと焼けるような日差しが照りつけた。


「じゃ、あたしはこっちだから。またね、高嶋さん」

「今日はありがとう。気をつけて」


 敬子と別れて雑踏を歩き始めたものの、まっすぐ帰る気にはなれなかった。

 ここを出るときは少しは前向きな気持ちになっていると思っていたのに、何一つ解決していない。


(”Kちゃん”の三人は全員アリバイがあった。いったいどういうこと?)



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