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木曜日。
指定されたカフェの前に着くと、私は大きく深呼吸をした。
(ここを出るときには、すっきりした気持ちになっていますように)
中に入ると、奥まった角の席に敬子を見つけた。
パーマをかけた茶色の髪に中肉中背の体型。カレンほど派手でもなくのぞみほど素朴でもない、いたって普通の四十代女性という雰囲気。私と同じような薄手のカーディガンを羽織り、肩を丸めるようにしてスマホを操作している。
「町浦さん、お待たせしました。高嶋です」
「あっ、こんにちは。あたしが早く着いちゃっただけだから、気にしないで」
あえて高嶋だと名乗ったが、敬子の表情に変化はない。
彼女の向かいに腰を下ろし、運ばれてきたお冷に口をつける。
「今日も暑いですね。あっという間に汗だくで」
「あたしの都合でここに来ていただいちゃいましたけど、お近くですか?」
「地下鉄で来ました。家は台東区なんです」
「えっ、そうなの? あたしの実家、墨田区ですよ。隣ですね」
結婚後世田谷区に引っ越したものの、今でも台東区方面にはよく出かけるという。
「上野商店街もあるし、美術館とか動物園もあるし、ほんっと台東区大好きで。夫の仕事の都合で世田谷にいるけど空気が合わないんですよね。ここだけの話、ウエストブリッジもあたしにはお上品すぎるというか」
「あー。私も別世界に迷い込んじゃった気がしてます」
「そうそう! びっくりするよね。大丈夫、うちは一年いるけどまだ慣れてないから。高嶋さんみたいな同じ下町出身の人が来てくれて、今すごく安心しちゃってる」
同じ下町出身ということで、敬子の話しぶりや価値観は私と近かった。
不倫相手でなければ友だちになれたかもしれないのに、本当に残念だ。
「うちは航平の上に二人男の子がいてね。普通の幼稚園に通わせてたんだけど、すっごいヤンチャになっちゃったから、夫が航平だけは失敗したくないって。失敗だなんて失礼だよねぇ」
「小学生なら、元気があり余ってるくらいがちょうどいいんじゃないですか?」
「それがもう高校生と中学生なの。航平はなんていうかまあ、ぶっちゃけ予定外だったというか! 夫もあたしも嘘でしょって感じで〜」
「あ……ははは……」
乗ってこない私を見て、敬子は口元に手を当てた。
「……あ、ごめんなさい。話しすぎちゃった。で、今日はあの話を聞きたいっていうことで連絡をくれたんですよね」
「そうなの。突然すみません」
――始まった。
私は敬子の一言一句を逃さないように集中する。
敬子に送ったアポイントメールには、こういうふうに書いていた。
『町浦さんがやっていることについてお話をうかがいたいです。日時は合わせますので、お時間とっていただけないでしょうか』
不倫のことだと直接的には触れていないものの、察するには充分な文面のはずだ。
どういうつもりで私と仲良く雑談をしたのか分からないけれども、私は今日ここに戦うつもりで来ている。うやむやにしたり、同情心を煽って逃げるようなことは許さない。
敬子は一転して感情の読めない笑みを浮かべた。
「ちなみに、その話はどこから聞いたの?」
「それは……言いたくありません。まずは町浦さんの口からお話を聞きたいです」
「そう。あたしは全然いいっていうか、むしろわざわざ連絡をくれてありがたいですけど。近くではやってなかったから、ちょっと気になっただけ」
敬子はバッグから書類を取り出して私の前に並べていく。
(……何?)
そこに書かれている文章を見て、私は目を疑った。




