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夕食の後、メロンを盛ったお皿を聡太の前に運んでいく。
「じゃじゃーん! 今日は聡太の好きなメロンがありまーす!」
「えっ、メロン! ほんもの? なんでぇ?」
「つむぎちゃんのママにいただいたの。明日、つむぎちゃんにもお礼を伝えてね」
「えー。はずかしいよぉ」
「良いことをしてもらったら、ありがとうって言うのは当たり前でしょう? 聡太もお友だちにおもちゃを貸してあげて、ありがとうって言ってもらえたら嬉しいよね?」
「……うん。わかったよ」
「偉いね。それでこそママの子だっ!」
ぎゅーっと聡太を抱きしめると「キャッ! あったかいよ〜」と可愛い声を上げ、それでまた愛おしさが胸の中に広がっていく。
「ぼく、ほんとうにたべていいの?」
「うん。好きなだけ食べていいんだよ」
「やったーっ!」
めったに食べられないメロンをたくさん食べられてとても嬉しそうな聡太。次々と小さな可愛いお口に運んでいく。
平和な夜のひととき。
テレビに流れるほのぼのアニメにぼんやりと顔を向けつつも、私は次のことを考えずにはいられなかった。
(九条カレンも亀久保のぞみも不倫相手じゃなかった。残るは一人……)
町浦敬子だ。
敬子は登園がまちまちなようで未だ会えていない。カレンものぞみも、町浦家と交流はないと言っていた。
体験入学の残りは四日しかない。それまでにどうにかして接触しないと……。
(もしかして、私だってバレて避けられているとか? 考えすぎかな。でももう犯人は分かったようなもの……)
敬子だなんて名前、いちばん「けいちゃん」って呼ばれやすいと思う。
(素直に認めてくれるかな。誤魔化されたりしらを切られることも考えておかないと。でもまずは連絡を取る方法を見つけないと……)
どうやって攻め込んでいこうか。そんなことを考えていると、アニメを見ていたはずの聡太が私の腕にしがみついてきた。
「どうしたのママ? おなかいたい?」
硬い顔をしてしまっていたのだろう。聡太が心配そうな顔を向けている。
「大丈夫だよ。ちょっと考えごとをしていたの」
「なにかんがえてたの? ぼくもいっしょにかんがえてあげる」
ドキッと心臓が飛び跳ねる。本当のことを聡太に言えるわけがない。
「えっとね……。ママ、ちょっと困ったことがあって。わからないことがあるっていうか……」
「だいじょうぶだよ、ママ」
聡太は自信満々に私の手をぎゅっと握った。
「そういうときは、せんせいにきけばいいの!」
――先生。
聡太の言葉にはっとする。
(そうだ。先生に聞けばいい。保護者の連絡先は当然知っているもの!)
もやもやしていた目の前が明るく開けた気がした。
「ありがとう聡太! ママの悩み、解決しそう!」
聡太は嬉しそうににこにこと笑った。
「えへへっ! ぼくすごいでしょ! ママ、もうこまってない?」
「うん。聡太のおかげで元気になってきた」
「ママにはぼくがいるからね。ずっといっしょだよ」
「聡太……」
私の息子はなんてできた子なんだろう。
もしかしたら聡太なりに何かを感じ取っているのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。
涙をこらえきれなかったら、また聡太を不安にさせてしまう。グッと目頭に力を込めて口角を持ち上げる。
「ママもずっと聡太と一緒だよ。さっ、歯磨きしてそろそろねんねしよっか」
「えほんよんでほしい。あと、だっこでつれてって〜」
「はいよっ! だっこ一丁、注文入りましたぁ〜!」
「きゃはははっ」
急に四歳らしく甘えだした聡太を大事に抱きかかえる。絵本の途中から船を漕ぎだし、三冊目が終わるころには寝息を立てていた。
布団をかけ直し、柔らかな髪を撫でながら、聡太のふっくらとした横顔を眺める。
(――ごめんね聡太。この先どうなってもママが絶対に幸せにするから。人の二倍三倍働いて、お休みの日は必ず一緒に過ごして、悲しい気持ちになる暇がないくらい楽しい思い出でいっぱいにするから)
町浦敬子と泥沼になろうとも、健一郎がどういう状況になろうとも……。この子がいる限りどんな困難も乗り越えてみせる。
私は覚悟を新たにした。
◇
翌日。
聡太を教室に送り届けると、私は担任の先生に声をかけた。
「大竹先生。すみません、ちょっといいですか?」
「はいっ、何でしょう」
二十代中ごろと思われる担任の大竹先生は髪を茶色に染めた明るい雰囲気だけれども、名門インターの教師とあってどこかお嬢様感も漂う人だ。
それらしい理由を並べ、敬子の連絡先を教えてもらえないかお願いする。
「うーん。本当はあんまりよくないんですけど、お困りなんですもんね?」
「そうなんです……」
「わかりました。急ぎってことなのでお教えします。町浦さんには私のほうから一言連絡を入れておきますね」
「――! 無理を言ってしまってすみません」
「いえいえ。こちらこそ頼ってくださってありがとうございます。聡太くんが来てからクラスが明るくなりました。今週でお別れで寂しいですけど、よかったら入学を検討してみてくださいね」
「いい経験をさせてもらってるみたいで、ありがたいです」
きっかけこそ残念なものだけど、ウエストブリッジの教育とクラスメイトは間違いなく聡太の刺激になっているようだった。
毎日新しい英単語を覚えてきて披露したり、時事ニュースを語り始めることもあるからびっくりする。大竹先生のことも優しいと言っていて、よくしてもらっているみたいだった。
(お金さえあればねぇ……)
送迎する保護者はハイブランドで固めている人も多いし(あるいはシッターさんかもしれない)、駐車場には当然のように外車が並んでいる。徒歩で来る方も見かけるが、ここに徒歩で来られるのはそれだけで富裕層の証だ。
くたびれたパーカーとジーパンで別世界に迷い込んでいる感覚が拭えないまま、体験入学の期間は終わってしまいそうだ。
(元の保育園に籍も残したままだし、欲張らず身の丈にあった幸せを大切にしましょ。聡太とも二週間だけって約束してたしね)
ぐずらずに聡太が通ってくれているのも、二週間だけと期間が決まっているからかもしれない。もとのお友だちと離れている寂しさは、本人が自覚しているかは別として大なり小なりあるだろう。
――そうして敬子の連絡先を手に入れた私はさっそくアポイントをとることにする。
メールの文面に怒りのトーンがにじみ出ていないか何度も読み直し、粛々とした気持ちで送信ボタンをタップした。
なにか思うことがあったのか、それともあまりスマホをチェックしないのか、返信が来たのは次の晩だった。
『わかりました。では明後日の十時に、六本木のカフェ・アルマンディで待ち合わせでいかがですか』
最悪逃げられる可能性もあると思っていたから、最初の壁をクリアできたことにほっとする。
証拠のスクショや見るのも腹立たしい戸籍謄本をまとめたりなどして決戦に備え、私はついに勝負の日を迎えた。




