知らないだけで不思議があふれてる
今更なんだけど、世の中には不思議があふれてるんだと実感。
オレや昴のように霊感がある人間や、ハクジのような犬神、護法童子として誕生したのに人になろうとするルカや、レラちゃんなんて人として生まれたけど、わけあって管狐になって、今じゃ神様になってる。わけありすぎだけど。
ドーナツ食べ放題の店の、竜女さん。名前知らないから勝手に竜女って呼んでる。
……おれの周りにだけあふれてるのかも?
「なぁハクジ」
『なんだ』
自宅は安全なので、ハクジも床に寝そべってる。寝そべるハクジのもふもふに寄りかかれるのはオレだけの特権だよね。
「あのドーナツ店の竜女さんさ、神成りできたのにならないで、この世にとどまって何かしようとしてるじゃん?」
『そうだな』
「そこまでして成し遂げたいことってなんなのかなって。オレ、なりたいものとかないし、行きたい場所とかも特にないしさ、なんかそこまでの強い思いっていうの? 想像つかなくってさ」
『そなたはまだ若い。なりたいものも行きたい場所もできるかもしれぬ』
フォローしてくれるけど、ハクジも分かってると思う。
「うーん、なんていうかさ、分かるんだよ。前からそういう欲がないんだよ」
『そなたの魂は磨き終えておるからな。完全な無欲ではないが、執着することもあるまいよ』
やっぱりかー。
楽しいとか悲しいとか、そういった感情もちゃんとあるんだけど、強い感情が前にもましてなくなったなって感じてる。
『あの店主もそなたと同じであるはずだ。どうしてどうして、あそこまでして成し遂げねばならぬことがなんなのか、我も気にはなる』
「だよな?」
昴は学校が終わるなり剣道の道場に向かったので、今日は珍しく一人。ルカもいない。昴がいなくてもルカがいるのが普通だったから、久しぶりの一人。
「あの店に行ってみよう。腹も減ったし」
商店街はいつもどおり賑わってる。
沢山の人に紛れるように、霊もさまよってる。
「……前より、アイツら減った?」
『そうだな。穢れておらぬものの数は変わっておらぬようだが』
地縛霊じゃない普通の霊は結構あちこちにいる。
聞いたところによると、四十九日までは自由らしくって、好きなところに行く霊も少なくないらしい。
自分だったらどこに行くかなーなんて考えたりもしたけど、なってみないと分からないし、まだ考えるのは早いかなんて思ったりもした。オレの場合はその時間もなくあの世に逝くかもしれない。
ドーナツ食べ放題の店は相変わらず繁盛してる。
食べ放題だけど回転がいいのは、食べきれないと思ったら、一箱分のドーナツをもらって帰れるからかも。元を取らなきゃ!って思うほど高額でもないし。
こんなんで採算とれるのかと思うけど、そもそも霊体なんだよなぁ……。
「いらっしゃいませ」
珍しくカウンター近くの席が空いてたので、店長の竜女さんを観察したいオレは、いそいそとその席に着いた。
食べ放題だけど自分で取りに行くスタイルじゃなくて、店員さんにオーダーする。
飲み物は何にしよっかな。無糖カフェオレにしよっと。
ドーナツはプレーンと、中にカスタードクリームが入っててチョココーティングの奴と、シナモンシュガーと、オールドファッション。
「ハクジは?」
『プレーンでよい』
「オッケー」
竜女さんがやって来た。
「お決まりですか?」
「はい。飲み物はカフェオレで、ドーナツはプレーン二つ、カスタードクリームチョコ、シナモンシュガーに、オールドファッションでお願いします」
ちら、とハクジを見る竜女さん。
「かしこまりました」
竜女さんがいなくなったあと、店内を見回す。
前と違って店員さんがいる。でもあの人……?
『霊体だな』
「やっぱり?」
『穢れをはらんでおるようだが……』
え、穢れ?
「問題ないですよ。ここで働くことで穢れが落ちるようになっているので」
竜女さんがトレイを持って横に立っていた。
び、びっくりした!!
「驚かせてすみません。こちらお飲み物のカフェオレとドーナツです。あ、お水はこちらでいいですか?」
そう言ってハクジの前に水の入ったボウルを置く。
見えない人からしたら何やってんのかな、って思うんだろうけど、オレとしては嬉しい。
あー、びっくりした。心臓がバクバクいってるよ……。
「ありがとうございます。あの、さっきのって……」
「犬上悠里さんですよね?」
「え? そうですけど、なんで名前……」
「うっかり請をなさったと聞きました」
「あぁー……」
分かってなかったとはいえ、やらかしてしまった……。
竜女さんは苦笑いをする。
「大丈夫ですよ。助けていただくことは特にありませんから。それより、私の力がいずれ必要になると思いますから、困った時はいらしてください」
聞き返す間もなく、ごゆっくりと言って竜女さんはいなくなってしまった。
「助けが必要になるって言ってた?」
『そうさな』
「え、何かまた巻き込まれるってこと?」
前のも巻き込まれたといえば巻き込まれだけど、ただそこにいただけで、オレはなにもしてないんだけどなぁ。
『そうかも知れぬ』
「うぅ……」
『起こる前から心配しても詮なきことよ』
「そうだけどさー」
ちぎったドーナツをハクジの口に運ぶと、ぱくりと飲み込む。犬って噛まないよな。せっかくのふかふかドーナツなのに。
気にはなるけど、ハクジも分からないみたいだし、今はドーナツを味わおっと。
あー、プレーンがふかふかでうまーい!
ドーナツのおかわりを頼もうとカウンターを見ると、竜女さんと目が合った。
あの人またハクジを見てたな。やっぱり犬好きなんじゃないかな。
「竜女さん、絶対犬好きだね」
『我は犬ではない』
「犬好きは狼も結構好きだと思うよ」
ハクジは竜女さんを見てふん、と鼻を鳴らした。
「すみません、さきほど話を遮ってしまって……」
「!」
竜女さんがまた突然現れて、ドーナツが咽喉に詰まった。
咽せるオレの背中をハクジがドンと叩いて、つかえが取れた……。
「すみません。この通りの体なもので、どうも移動が不自然なんです」
申し訳なさそうに謝る竜女さん。
彼女自身まだ霊体に慣れてなさそう。
「あぁ、えっと、なんだったかな」
『そこな穢れをはらんだ霊体のことだ』
「あ、そうだった。あの店員さんなんですけど」
竜女さんは店員を見て頷いた。
「仏教徒であれば十王の審判を受け、罪に応じた罰を受けるわけですが、彼は無宗教です。近いうちに転生しますが、あのままでは転生後の人生に影を落としてしまうので、ここで穢れをなるべく濯いでもらっているんです」
現世にいながら罪を償えるとか、ありなのか。
「可能ですよ、ここでならば。私も期間限定でここにいるので、ずっと助けられるわけじゃないんですが」
頼んでないのに竜女さんがプレーンのドーナツを四つのった皿をテーブルに置いた。ちょうど食べたかった奴だったのでありがたくいただく。
ハクジに差し出すと、両前足で挟んで食べだした。骨じゃなくドーナツというところが可愛い。そういえば骨あげたことないな。あげたら喜ぶかな?
質問しようとしたらまた竜女さんはいなくなっていた。
うーん、居場所が読めない。
でも聞きたいことは聞けた気がするし、よしとしよう。




