第十三節
お久しぶりです。
慌ただしい食事会を終えた次の日、早朝から半ば叩き起こされるように起床させられた彼女はテンションの高いラメとルースナに手を引かれながら、『スロー』の街の大通りにある服屋へと躍り出る。
ちなみに財布役と呼ばれたオードだが、早々に取り巻き二人を引き連れて依頼へと向かったために不在である。
この日の為に溜まっていた休みを使ったルースナと目測でスリーサイズを測って服を見立てたラメの二人に連れ回された彼女は、クタクタになりながらもどうにか二人についていった。
丸一日という長い時間がかかったため、今回はダイジェストでお送りします――――
―――――○▲▲▲○―――――
「コレなんてどうかしら?ネネのスタイルにも合っていると思うのだけど」
「私はこっちの方がいいと思います!ネネさんの魅力が映えると思うんですっ!」
「えっ、えぇっと・・・ラメさん?ルースナさん?できればもっと動きやすい服装のものをっ―――」
「全く駄目ね、アンタたち」
「んっ」
「エレナ、トウカ!二人も言ってあげてっ―――」
「主君にはこっちにヒラヒラのほうが似合ってるわ!」
「んーっ!」
「くっ・・・!たしかに、でも着てもらわないとわからないわよっ!」
「わっ、私の選んだ服だって負けていませんっ!」
「え、いやっ・・・そういうことじゃなくてっ―――」
その後も彼女の意見は他の皆の耳に届かず、結局皆が勧める服に着替え続けてから目的の服装になるまで数時間という時が経つのだった――――
―――――〇▲▲▲〇―――――
彼女が着せ替え人形になった次の日、依頼書に書かれた目的地へとクロに乗って向かう彼女の二体の竜族。
「うぅ・・・この格好、少し恥ずかしいよぉ」
そう口にしてエレナの腰に回した腕に力を込める、クロの手綱を握っていたエレナは不思議そうな表情を浮かべながら振り返る。
「でも主君、よく似合ってるわよ?時間をかけて選んだ甲斐があったわね!」
「ん、んっ!」
エレナの言葉に同意するように声をあげるトウカは彼女に身を寄せ、彼女は晒すことになったおみ足を撫でながら口を開く。
「動きやすい服装なら、もう少し長いズボンでもよかったんじゃ・・・」
白いショートパンツの裾を引っ張りながらそう口にする彼女に、エレナは少しだけ不服そうに唇を尖らせながら声を漏らす。
「それはたしかにそうね、あんまり主君の肌を他の有象無象に晒すのも良くないわよね・・・トウカ」
「ん」
エレナの言葉に小さく頷いたトウカが目にも止まらぬ速さで両手を動かすと、先程まで彼女が履いていたショートパンツがその手に握られていた。
「・・・ほぇ?」
目をパチクリとしばたかせた彼女がふと見下げると、ショートパンツではなくジーンズのようなズボンへと履き替えられていた。
「これで肌を見せることもなくなるわね・・・主君?」
「ちょっ・・・トウカ!それカバンに仕舞うから、返してっ・・・!」
キラキラと瞳を輝かせながら剥ぎ取ったショートパンツを眺めていたトウカだが、彼女のお願いに少し考える素振りを見せてから口を開く。
「ん?んー・・・んっ」
潔くショートパンツを彼女に手渡すトウカに、彼女は安堵の息を吐いて受け取ったショートパンツを鞄に仕舞う。
「えらくあっさり渡すわね、匂いを堪能したりすると思っていたけど・・・」
「んんっ」
「あー、まぁそれもそうね。別に主君本人を堪能すればいいんだから、布切れに執着する必要もないか」
「堪のっ・・・!?も、もうエレナ!」
「んっ!」
「と、トウカまで!?もっ、もう!は、恥ずかしいよ・・・!」
二体の竜族の会話に頬に手を添えて羞恥で熱くなるのを感じて顔を伏せる彼女に、トウカとエレナはキュンっと胸を高鳴らせながら身を寄せる。
「え、ふっ・・・二人とも?何だか近っ「ヒヒィン!」―――ひゃあっ!?」
彼女は二体の竜族の行動に慌てたように声を上げたが、突然クロが鳴き声を上げながら足を止めたため、トウカとエレナは視線を彼女から前へと向ける。
「むっ?もしかしてもう着いたの?」
「んーっ・・・」
「(たっ、助かったの?・・・って、なんで私落ち込んでるんだろ?わ、私そんなエッチな娘じゃ――)うぅーっ・・・トウカとエレナのばか」
二体の竜族の関心が別に向いたことに安堵の気持ちと残念な気持ちが混ざりあった感情を抱いた彼女は、小さく頬を膨らませながらそう呟いた――――
―――――○▲▲▲○―――――
彼女たちが現在いる所はゴブリンの巣を根絶やしにした場所と程近い場所で、更に奥に進んだ鬱蒼とした森に覆われた人の手で作られた石造りの地下への階段が目的地である。
普段滅多に人が来ることのないその場所は、苔や蔦に覆われてぱっと見ただけでは気付けないような外観をしている。
そんな珍しい場所には現在、二人の少年と一人の少女・・・そして一人の女騎士が向かい合うようにして集まっていた。
「これが目的の場所か・・・今にも崩れ落ちそうじゃねぇかよ」
そうぼやくのはこの世界に呼ばれた勇者の一人である匠で、あまりの老朽化具合に片眉を下げてそう声を漏らす。
「外観はそうだけど、中はしっかりとしているのよ?そもそもこんな感じだけど数百年前から変わらずに存在しているんだから、耐久力的には相当なものだと思うわ」
匠の呟きに女騎士であり聖騎士団の副団長であるラナの返答に訝しげな視線を向けながらも、それ以上の不満を口にすることなく意識を残る二人に向ける。
「冒険者の人はまだなの?こっちは時間が惜しいっていうのに・・・っ」
「瑠子、落ち着いて。相手にだって都合や準備があるんだからしょうがないよ、それに・・・っと、来たみたいだよ」
璃玖が向ける視線の先に同じように顔を向けた瑠子だが、鬱蒼と茂る森の木々ばかりが視界を埋め尽くすだけで何も見つけることができない。
「? 何もいないけど、っていうかなんで分かるの?」
「俺の才能のことは前に話したよね?」
璃玖の問い掛けに瑠子は不思議そうな表情を浮かべながら頷きを返し、それを確認した璃玖は続きを口にする。
「俺の才能は『共鳴』で、対象者が視認できる範囲で発動できるんだけど・・・『共鳴』を受けた相手がどれだけ離れていても生きている間はその存在を感じられる、それは近くなればなるほど強く感じるんだ」
「うん、それも前に聞いたけど・・・たしか廃城で再会した寧々に使ったって―――まさかっ」
何かに気付いたように目を見開いた瑠子が勢いよく顔を璃玖の向ける方向へと向けると、それと同時に木々の間から大きな黒い影が飛び出してきて地響きを鳴らしながら着地する。
「ブルルッ、ヒヒィーンッ!」
黒い影は大きな体躯を持つ馬で、前足を上げて鳴き声を上げて凄まじい音を鳴らしながら地面を踏みしめると首を回して背中へと顔を向ける。
「お疲れ様、クロ。貴方は入れなさそうだからここで待ってるといいわ、っと・・・はい、主君」
クロと呼ばれた黒馬に労いの言葉をかけた黄金の少女はその背から飛び降りると、すぐに振り返って後ろに乗っている少女へと手を差し伸べる。
「あ、んしょっ・・・ありがとう、エレナ」
差し出された手を取った黒髪の少女は黒馬の背から降りるとお礼を口にし、さらに後ろに乗っていた白銀の少女を両腕を広げて受け止める。
「んーっ」
「あっ!トウカ、ズルいわよ!アタシも主君を抱き締めたいんだけどっ!」
抱き留めた白銀の少女が地面に足を付けたにも拘らず離れようとしないことに、黄金の少女が異議を申し立てながら黒髪の少女を包み込むようにして抱き締める。
「え、エレナ!?わ、わわわっ・・・!」
突然の抱擁に驚きの表情を浮かべる黒髪の少女だが、自分たち以外にも人がいることに気付き・・・そしてその者たちが自身の知っている人物であることに、さらに驚いた表情を浮かべて口を開く。
「あ、えっ・・・瑠子、璃玖・・・?」
名を呼ばれた二人も目の前の光景が信じられないのか目を見開いており、匠もまたこんなすぐに再会することになるとは思っていなかったのか驚愕の表情を浮かべていた。
「――寧々っ!!」
最初に復帰した瑠子の声にハッとした様子で気を取り直した璃玖と匠、彼女もその声で正気に戻った様子で嬉しそうに頬を緩ませる。
「瑠子・・・!よかった、元気みたいで・・・」
駆け寄ってくる瑠子の元気そうな姿にホッと胸を撫で下ろした彼女も歩み寄ろうとしたが、それを遮るようにトウカとエレナの抱擁が強まる。
「っ?トウカ、エレナ?」
二体の行動に不思議そうな声を漏らす彼女に、トウカは不服そうに頬を膨らませてエレナは明確な敵意を持って瑠子へと鋭い視線を向ける。
「主君に対して馴れ馴れしいわね、有象無象の分際で・・・潰すわよ?」
視線と言葉を受けた瑠子は恐怖で足が竦んでグッと立ち止まったが、すぐに気持ちを奮い立たせるように奥歯に力を込めて噛み締めるとキッと鋭い視線を返す。
「へぇ・・・下等生物ごときが、少しは気概があるみたいじゃないっ」
「え、エレナ・・・!落ち着いてっ、瑠子たちは私に危害を加えたりしないから!」
彼女の言葉を受けたと同時にエレナが放っていた圧は霧散し、代わりにムッとした表情を浮かべたエレナは彼女へと視線を戻して回していた腕に力を込めて強く抱き締める。
「むぅ・・・主君がそう言うならいいけど、でも近づかせはしないわよ?番として私たち以外とあんまり仲良くしてほしくないし、番としてっ!」
「んっ、んっ!」
エレナの言葉に同意を示すように頷きながら抱き着く力を強めるトウカ、彼女はその言葉を聞いて頬を朱に染めつつ瑠子たちへとチラチラッと視線を向けながら慌てたように口を開く。
「ふふっ、二人とも・・・!?そ、そういうことはあんまり大きな声で言っちゃだめだよぉ・・・!」
二体の竜族が口にした番という単語に苦言を呈する彼女に、瑠子は驚いた様子で目を見開いていたがすぐに目を細めて不満げに顔を歪めて声を上げる。
「寧々の言う通りよ!番、番って・・・寧々と結婚するのは私なんだから、夫婦になるのは私なのっ!」
「るるるっ、瑠子!?なっ、何言ってるのっ!?」
自身の言葉に同意するように声を上げたのだと思っていた彼女だが、まさか竜族側だとは思わずに狼狽した様子で慌てて口を開く。
「はぁっ?主君を守りきれない下等生物の分際で、ずいぶんと大きな夢を見るのね?」
「んっ」
瑠子の言葉に眉を顰めたエレナは呆れた声を返しながら彼女との密着度を上げ、トウカも彼女の胸に顔を埋めるようにして強く抱き着く。
「―――っ・・・たしかに元の世界でもこの世界でも寧々を守りきれたとは言い難い、けどっ・・・!だからといって貴女たちみたいなぽっと出に負けるほど、軽い想いじゃないのよっ!私と寧々の絆がこの程度で切れるものかっ!!」
「瑠子・・・(私のことをそこまで思ってくれてたなんて、幼馴染としてとっても嬉しいっ)そう、だね。トウカ、エレナ・・・心配してくれるのは嬉しいけど、瑠子たちなら大丈夫だよ。だって、大切な幼馴染なんだもんっ!ねっ、瑠子!」
瑠子が自身のことを強く思っていてくれたことに頬を緩ませながらそう口にする彼女に、一瞬ポカンとした表情を浮かべていた瑠子だがすぐに取り繕うような笑みを浮かべる。
「え、あぁー・・・そうね、うんそう・・・幼馴染だもんねー、あははー」
何故かぎこちない返事をする瑠子と首を傾げる彼女を交互に眺めていた二体の竜族は、勝ち誇った笑みを浮かべながら瑠子に見せつけるように彼女の頬に唇を落とす。
「ひゃぁっ!?ふ、二人ともっ・・・!?きゅっ、急にどうしたの!?」
「んーんっ」
「何でもないわよ、主君。それにこの程度で動揺しなくても、いっつももっと色々してるじゃない」
それはそうだけど・・・ともごもごと言い淀むように声を漏らす彼女の姿に、周りに纏わり付く二体の発言が嘘でないことを証明していることに気付いた瑠子は戦慄する。
「うそ・・・寧々?」
口元を手で押さえて震えている幼馴染の様子を視界に捉えた彼女は、慌てて弁明するために口を開く。
「ちっ、違うよ瑠子!いつもってわけじゃなくてたまにしかしてなくて、私からしたのもほんの数回だし・・・あっ、別に無理やりされたわけじゃないんだよ?ちゃんと私のことも気に掛けながらしてくれて、それにされる度に胸の辺りがこう・・・ポカポカ温まる感じがして気持ちいっ――って!今のはそのっ、うっかり本音が・・・!あぁうっ、なんでもない・・・と、とにかく無理やりされてるわけじゃないから心配しないで?」
弁明というより感想を述べる彼女の様子に徐々に涙目になっていく瑠子、それとは対象的にトウカとエレナの表情に喜色が増していくのが見て取れる。
「寧々が、寧々が汚されたーーーっ!!」
「え、えっ・・・?る、瑠子?どうしたの、大丈夫!?」
突如顔を手で覆って叫び声を上げる瑠子に困惑した様子でオロオロと周りに視線を向ける彼女、その光景を眺めていたトウカは再び彼女の胸に顔を埋め、エレナは興味が失せたとばかりに視線を外して彼女の頬に頬擦りする。
「あんな下等生物は放っておいて、もっと愛を深め合いましょっ!」
「わわっ・・・だ、ダメだよ!瑠子たちにそんな言い方はっ・・・それにまだ依頼を終わらせてないんだから、やるならその・・・依頼が終わってからでっ――ひゃうっ!?」
言葉を言い切る前に首筋に生暖かいモノが這う感触を受けて驚いた声を漏らし、元凶であるトウカへと視線を向けると上目遣いで自身を見つめる視線と交差する。
「と、トウカ!人前でそういうことはしちゃっ・・・ひゃんっ!?だ、ダメだってば!」
「? んーっ?」
分からないといった様子で首を傾げるトウカを彼女は頬を上気させて窘めると、少しだけ不服そうに頬を膨らませたがすぐに気を取り直したように彼女の胸に顔を埋めて耳を押し当てる。
「・・・えぇーっと、そろそろいいかしら?」
躊躇いがちに口を開いた女騎士の言葉に、彼女は慌てた様子で身だしなみを整えると急いで頷きを返すのだった――――
―――――○▲▲▲○―――――
魔鬼馬を引き連れながら歩み寄ってくる彼女たちに視線を向けてから、空気を一新するように咳払いを一つ挟んだ女騎士こと聖騎士団副団長のラナが口を開く。
「今回依頼を受けてくれた冒険者たちね、依頼内容は彼らの護衛をしてもらいたいってことだけど・・・聖洞窟の中には稀に迷い込んだ魔物がいる程度でしょうから、それの露払いをお願いするわ」
ラナから依頼の詳細を聞いた彼女は「は、はいっ!」と緊張した面持ちで返事をし、その様子を眺める瑠子や璃玖は微笑ましげに頬を緩ませる。
「聖洞窟の中へは我々騎士団が同行することはできないの、だから危険が少ないとはいえ十分に気をつけてね?」
ラナの言葉に瑠子たちが頷きを返すのを確認すると、他の騎士と共にその場に留まって聖洞窟へと入っていく彼女を見届けるのだった。
ちなみに魔鬼馬は騎士団の皆様へと預けたが、副団長を始めとした騎士たちはその存在に気付くと驚いた表情を浮かべていた。
護衛として訪れた彼女たちが先に進み、その後ろを瑠子たちが追いかけるように歩みを進める。
「・・・って、別に離れて歩く必要ないよね。寧々ーっ!さっきの話を詳しく教えて!色々って何をしたのっ!?」
そこでようやく正気を取り戻した瑠子は小柄な白銀の少女の手を握って先を行く幼馴染を目にして飛び付く勢いで抱き着き、自身が正気を失う原因となった情を聞き出そうと声を上げる。
「ひゃあっ!?るっ、瑠子!?そそっ、その話はもう終わり・・・っ!わ、私だって恥ずかしいんだよ・・・!?」
「それはつまり恥ずかしいようなことをしたってこと!?どこまでヤッたの!?ABC?それとも、もっと先!?」
「る、瑠子落ち着いてっ!?そっ、そんなこと人前じゃ言えないよぉ・・・!」
「言えないようなことを、寧々が・・・っ!!?」
会話を続けるにつれてどんどん事態が悪化していく様子に、二体の竜族は口を挟まずにただ傍観に徹して勝手に外堀が埋まるのを眺め、それを少し後ろで見つめていた匠が隣を歩く璃玖へと声をかける。
「・・・いいのかよ、あれ」
「? 大丈夫だよ、瑠子があれぐらいで諦めるわけないしね」
そういうことじゃねぇんだけどな・・・と呟く匠に、璃玖は幼馴染同士で繰り広げられる戯れを眺めながら口を開く。
「あぁ見えて寧々は人を見抜く能力には優れているから問題はないよ、だからクラスで話すのは俺と璃子くらいなものだったけど。心配しなくてもあの二人は寧々に危害を加えたりしないさ、安心していいよ」
璃玖の返しに驚きの表情を浮かべて顔を向ける匠に笑顔で返す璃玖、それを受けてバツが悪そうに顔を正面に戻した匠が声を漏らす。
「別にアイツのことなんか・・・っつう言い訳ももういいか、竜胆が変わってねぇのは前に確認したしな」
溜め息と共に仄暗い感情も吐き出した匠の姿に、特に追求することなく同じく正面へと顔を戻す璃玖。
「・・・何も聞かねぇのかよ」
「聞いてすんなり話してくれるなら聞くけど、そうじゃないだろ?」
だから匠のタイミングでいいよと告げる璃玖に、匠は短い返事を返すだけでそれ以上口が動くことはなく・・・ただ無言で彼女と瑠子、さらには二体の竜族も交えた戯れに視線を向ける。
「ところで匠、君はまだ寧々のことが好きなのか?」
「ぶーーーっ!!?」
何故か口の中が甘ったるく感じた匠が持ってきていた飲み物に口を付ける、しかし突然璃玖から投げ掛けられたドストレートな問い掛けに含んでいた飲み物を吹き出して咳き込む。
「げほ、ごほっ・・・!いっ、いきなり何言ってんだてめぇっ!?」
「いやそこまで急ではないと思うけど、小学校時代で一時だけ寧々にそういう感情を向けていたじゃないか。それは今もだろうけど」
璃玖の平然とした返しに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる匠は、口の中で言葉を転がすように吟味してから口を開く。
「そういう感情がない、と言えば嘘になるが・・・別にそれを竜胆に伝えようとは思わねぇよ、その資格がねぇこともわかってる」
「それはそうだろう、そんなことになったら俺は許さないよ」
鋭い言葉で返事をした璃玖にグッと喉を詰まらせた匠は目を伏せ、自嘲気味な笑みを零してから力無い声を漏らす。
「っ・・・許されねぇことぐらいわかってるよ、だからこの感情は捨ててっ―――」
「百合の間に挟まろうとする男は絶対に許さない、絶対にね・・・っ!」
「・・・あ?」
自身の考えていたような言葉ではないことに伏せていた視線を上げた匠は、真剣な瞳を向ける璃玖と視線を交差させる。
「寧々に恋情を抱くのはまぁ、いいんだよ・・・でもね、寧々と周囲の女性たちの邪魔をするのは認められないな」
「・・・は?」
璃玖の言葉を聞いて、匠は不意に教室でクラスメイトが話している内容を思い出す。
『このシーンとか尊みが凄くない?』
『わかる、やっぱ女の子同士の触れ合いって見てて和むよな』
『この百合百合しさがたまんないよな、百合って素晴らしいっ!』
『同意っ!』
とあるアニメの話をするクラスメイトの様子を思い出した匠は、目の前の璃玖から同じ波長を感じて何とも言えない表情を浮かべる。
「しかし彼女たちは見る目があるね、寧々の良さに気付いて側に居るみたいだし・・・甘える白銀の少女と寧々の光景がなんとも尊いね、いい・・・」
恍惚とした笑みを浮かべる璃玖の姿を目にした匠はドン引きした視線を向けながら、そっと距離を取るように一歩横にズレる。
「二人とも、こんなに後ろでどうしたの?」
「う、おっ・・・!?」
「あぁ、寧々。少し男同士での話をしてたんだ、寧々は瑠子たちと一緒に居なくていいの?」
「うん。三人とも話に夢中みたいだから、璃玖と・・・お、翁草君は何の話をしているのかなって」
顔色を窺うように視線を彷徨わせる彼女に少しだけ胸が痛むのを感じながら、匠は強い言い方にならないように意識しながら言葉を紡ぐ。
「あー、そうだな・・・何の話って言われると、まぁ世間話みたいなもん・・・か?」
「? そう、なんだ・・・」
ぎこちない返事をする彼女に小さな頷きを返した匠、何とも言えない間が出来てしまい内心で焦った彼女は話題を探すようにそわそわとしだす。
「えっと、あぅっ・・・あ、この壁の出っ張りなんだろうね・・・わっ―――」
「いやっ、そういうのって触るとマズっ―――」
話題になりそうなものを見つけた彼女が声を出しながら手を伸ばす姿に、匠は制止の声をかける前に触れたことで二人の足場がフッと消える。
「「は・・・?」」
「――っ!寧々!匠!」
咄嗟に手を伸ばした璃玖だが空を切るだけで届かず、彼女と匠は深い闇へと吸い込まれるように落ちていく。
「主君っ!」
「んっー!」
「寧々ー--っ!!」
彼女の危機に気付いた二体の竜族と幼馴染の少女が駆け出すが間に合わず、消えていた床が現れたことでその姿が見えなくなるのだった――――
―――――○▲▲▲○―――――
「ひゃああぁぁぁっ!!?」
「・・・竜胆っ!!」
廃城の時同様の浮遊感に襲われた彼女が上げる悲鳴を耳にしながら、匠は腕を伸ばして彼女を引き寄せると包み込むようにして抱き締める。
「ぁっ・・・お、翁草くっ・・・」
「下が棘とかじゃなけりゃいいけどな・・・っ!」
自身の背負う大剣を下に向けて衝撃軽減を図り、さらには彼女を守るように自身をクッションにしようとする匠に、彼女は無事を祈るように目を固く閉じる。
結果から言うと二人は五体満足で最下層へと辿り着くことができた、二人が落ちた先には水が溜まっておりトマトのように潰れることは避けることができた。
安堵の息を吐くのも束の間で、今度は二体の竜族と二人の幼馴染との再会を果たすために薄暗い一本道を大剣に手をかけた匠と共に進み始める。
お互いに心配しながら進むこと数分、ようやく大きな扉が見えた二人が警戒しながら押し開けると開けた場所へと出る。
「ここは・・・?」
「あっ、翁草君!あの真ん中にあるのって・・・目的のモノじゃないかな?」
彼女が指し示す先には白い光を放つ剣が台座に突き刺さっているのが見え、彼女の言葉に頷きで返した匠は周囲へと視線を向けてから口を開く。
「璃玖たちは、まだ着いてねぇみたいだな・・・待ってりゃその内合流できるだろ、一旦ここで休んでっ―――ぐっ!?」
「えっ―――ひゃっ!?」
手をかけていた大剣から手放そうとした瞬間、嫌な予感を感じた匠が彼女を庇うように動いた時には二人纏めて元居た場所より離れた所に倒れ込んでいた。
「ほほう・・・新たなカモが来たと思ったが、反応速度は悪くない。これは久方ぶりに楽しめそうだ」
「っ・・・てめぇ!」
突如聞こえてきた第三者の声にすぐさま身を起こした匠は大剣を構え、彼女も遅れて身を起こすと声の主へと視線を向ける。
「あ、れ・・・骸骨?」
ボロボロの装束に身を包んだ眼球があるはずのところから除く怪しい光を目にした彼女がそう口にすると、骸骨は腰に下げていた剣を引き抜いて匠に突きつける。
「さぁ、愉しい死合いといこうではないか」
骸骨の言葉に一歩踏み出した匠だが、すぐに服が後方に引っ張られる感覚に気付いて振り返らずに声をかける。
「竜胆は下がってろ、危ねぇからな」
「で、でも翁草君・・・!片腕でなんてっ」
「むしろちょうどいいハンデなくらいだ、それに・・・自分への戒めみたいなもんだしな」
それだけ口にして彼女の手を振り解いた匠はその場から駆け出し、笑いを上げる骸骨へと担いだ大剣を振り下ろした。
何度目かわからない火花が散り、金属がぶつかり合う甲高い音が響く広場で・・・これまた何度目かわからない鮮血が床を染める。
「はっ、はぁ・・・っ、チッ・・・!」
肩で息をする匠の身体には無数の切り傷がついており、今にも膝をついてしまいそうなのを大剣を支えにして無理やり足に力を籠める。
「威勢だけはよい、だが実力が伴っていないな・・・しかし何故倒れない、もうすでに限界は超えているはずだが」
「はぁ、はぁっ・・・はっ、こんな俺にも意地ってもんがあるんだよ・・・っ!」
支えにしていた大剣を振り上げて駆け出す匠の後ろ姿を胸の前で両手を握り締め、心配に染まる瞳を向ける彼女は何もできない自身に対してもどかしさを感じている。
「(何か私にできることは・・・翁草君の助けになる何かはっ)「――がっ!?」―――っ、翁草君!」
出来ることを探して思考を巡らせる彼女の側に吹き飛ばされる形で姿を見せた匠に、彼女は思考を切り上げて駆け寄ると抱き締めるようにして身体を支える。
「そろそろ終わりにしよう。なに、案ずることはない・・・どちらも仲間外れにすることなく、その首を叩き斬ってやろう・・・っ!」
ゆっくりとした足取りで距離を詰めてくる骸骨に、彼女は事態の打開策を必死に考えていた。
「俺がアイツの、気を引く・・・だから竜胆は、あっちの扉から出ろっ」
「っ!そ、そんなのダメだよ・・・!きっと何か、トウカやエレナたちが来てくれるかも・・・だからっ」
荒い息を吐きながら彼女をどうにか逃がそうと考える匠に首を左右に振って返事をする彼女、そこでふと廃城でのことを思い出して問い掛けるように声を漏らす。
「そういえば、竜炎・・・だったよね?あれは、使わないの・・・?」
「あれは・・・竜胆まで巻き込むかもしれねぇし、それにあれじゃあアイツに避けられて終わりだ・・・噴火が使えりゃあ、勝機があるかもしれねぇけどな。範囲があるから、近づいてもらわねぇといけねぇけどよ・・・ぐっ」
そこまで口にして呻き声を漏らす匠を不安げに見つめながら支えていた彼女だが、迫る骸骨の気配を感じて静かに覚悟を決める。
「私の才能を使えば、翁草君の竜炎を強化できるはず・・・だから、私のことは気にせず本気でやって」
「っ・・・竜胆、おまえっ―――」
彼女の言葉に勢いよく顔を上げた匠は、決意の籠った彼女の瞳を目にして言葉を詰まらせるが、グッと全身に力を入れて立ち上がると大剣に炎を纏わせる。
「わかった・・・その代わり、俺から離れるなよっ!」
「最初から、そのつもり・・・っ!」
何か策を講じようとしていると悟った骸骨は焦ることなく間合いを取り、隙を窺いながら油断なく剣を構える。
「―――行くぞっ!」
「う、うんっ・・・えい!」
刀身に深紅の炎を纏わせた大剣を逆手に持った匠の叫びに応えるようにして背中に抱き着いた彼女が力を籠めると、自然と身体に力がみなぎり揺らめいていた炎が一段とその勢いを増す。
「(っ!これなら・・・!)『竜炎・大噴火』ッ!!」
叩き付けるように大剣を床に突き刺した匠を中心に広場の床が赤く染まり、それに怖気を感じた骸骨は範囲外に出ようと後方へと下がっていく。
「・・・む、これは・・・まさかっ・・・!?」
一向に範囲外へと出れないことに焦りを感じた骸骨が背後へと視線を向けると、広場全体が赤く染まっていることに気付いて自身の判断が間違っていたことを悟る。
「奴を始末するのが、正解であったかっ――――」
骸骨がその結論に達した時にはすでに逃げ場はなく、痛みに耐えながら気丈な笑みを浮かべる匠によって広場が燃え盛る炎に包まれていた。




