8/11 望郷に似る、
『あなたと、同じ世界の記憶を持っている』という私の暴露に対して、小夏の返答は実に端的な言葉だった。
「は?」
ちょっと意味が分かりませんね。そんな意味が盛大に込められた「は?」だった。しかし私は構わず続ける。
「ファンタジー小説は読むかしら? 異世界転生や異世界転移、召喚ものなんかが流行った時期があったわね。小夏の状況はいわゆる『異世界転移』でしょうけれど、私の場合は『異世界転生』に当たるわ。……元日本人なのよ、私」
私の言葉に、丸い目を零れ落ちんばかりに小夏は見開いた。瞬きも出来ずに、彼女は私を凝視する。
「……え? シャーロットさん、え……?」
本当に? という期待。なぜ? という疑問。信じられない、という疑心。猜疑と困惑と小さな希望、そして理不尽への怒り、得体のしれないものへの恐怖が少女の瞳に浮かび、言葉はうまく形にならないようだ。
「落ち着いて。とても、大切なことだから。あなたにとっても、私にとっても。質問には答えるわ。ただ私もいろいろと事情があってね……すべてを今すぐ答えられないこともある。でも、教えられないことはその都度理由も話すわ」
小夏は本にすがるように抱きしめる。先ほどの一時的な興奮状態とは真逆に、御しきれない感情を抱えて、何かを言おうとしては口を閉じる。
「……まって、待ってください。ちょっと意味わかんない……」
ここで感情のままわめきださない彼女は、基本的に『陽』の感情には素直で決して引っ込み思案ではないが、どちらかというと空気を読んで『負』の感情をぐっと抑え込むタイプなのかもしれない。十八歳にしてこの異常な状況下で自己の感情を統制する努力をできるだけでも驚嘆ものだ。……でもそれゆえに、要注意だな、と頭の片隅に留め置く。
「証拠……シャーロットさんが日本に居たっていう、証拠は?」
深呼吸を繰り返しながらしばらく、小夏は額を抑えながら、問う。
「私は『あちら』で死んで、『こちら』で生まれたからね……。どうしても『知識』による証明になるわ。でも、そうね。あなたが着ていた制服。あそこの高校、私も通っていたわ。ラインカラーが選べるの可愛いわよね。私はモスグリーンだったわ」
オフホワイトでラインの入ったセーラー服を指し、私は言う。小夏の瞳がまた、揺れた。
「何なら信じられる? 小夏が質問したことに答える、という方が分かりやすいかしら」
私の提案に、小夏は小さくうなずいて、ポツリポツリと質問を落とす。例えば住所、通っていた大学や小学校の名前、戦国武将の名前、ゲームの内容やアイドルの名前、電化製品の使い方等々。この世界には存在しないだろう、この世界のことしか知らない人間には質問の意味すら理解できないだろうことを、一つずつ。
ゆっくりそれらに答えるうちに、小夏もだんだんと落ち着き、『異世界転移があるなら転生もあるのだろう』という結論に達したようだった。
一番目に見えてわかりやすかったのが、文字だ。
「……それから私が今しゃべっている言語、日本語じゃないのはさっきも確認したわね? 異世界転移のお約束で自動翻訳されているようなのよね。でも文字は読めなかったでしょう?」
ベッドサイドにおいてあった本をいくつか渡し、再度小夏に確認してもらう。小夏がうなずいたのを見てから、同じくベッドサイドにおいてあったペンと紙を引き寄せて、私はさらさらと文字を書く。
「――久しぶりだけど、私は日本語も忘れていないわ。……ほら」
そうして差し出した紙には、こう書いた。『シャーロット・ランスリー』『長峰小夏』、私たち二人の名前を、日本語で。
小夏はその紙をこれでもかと見つめて、そっと折りたたむ。
「……うん。信じる。……シャーロットさん、本当に日本にいたんだ……。日本のこと、知ってるんだ……。高校おんなじだし、住所も、そんなに遠くないとこに住んでたんだね……」
ぐしゃり、と少し歪な、それでも小夏は笑顔を形作る。私はそうね、と返すにとどまったが、『こちら』では十六年でも『あちら』では八年。『私』が日本で生きていた時、すでに小夏は生まれている。重なっていたその時期、あるいはそのせわしない毎日の中、何気なくすれ違ったことさえ、あるのかもしれなかった。
そこでふと思い立ったように、そういえば、と小夏は声を上げた。
「そういえば、シャーロットさんの日本にいた時の名前、なんだったの? 日本人だったなら、たぶん『シャーロット』っていう名前じゃなかったんだよね」
それは純粋な興味だった。しかし私が意図的に避けていた問だった。だがしかし、不要な隠し立てはしないと私は最初にこの少女に告げているのである。聞かれれば、答えるしかない。隠す理由は『多分困る。私が』という実に私的なものしかないのだから。
「……」
それでもちょっとだけ、無駄な抵抗として沈黙したけれど、一周回って『転生者(確定)』に安心を抱いた小夏は無邪気に私を見ていた。逃げ道はなかった。なので。
「………………………私の、かつての名は『刈宮鮮花』。『杉原斗海』を親友として持ち、歩道橋から落ちて死んだと思ったらこんなところでよみがえっていたのだけれど人生何が起こるかわからないものよね!」
それはもう笑顔で、明るく、言い切った。
……次の瞬間の絶叫で、鼓膜が割れるかと思った。




