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公爵令嬢は我が道を行く  作者: 月圭
第八章 黒の落失
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8/10 刈宮鮮花


 斗海ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!


 私は心の中で絶叫した。やるとは思った。やるとは思ったが、本気でやったのか。実に頭を抱えたい気持ちでいっぱいだが、私がそんな奇行に走れば小夏は困惑するだろう。渾身の自制心で、自重した。


 ――杉原斗海。それは、これまでも私の回想にちょくちょく登場し、実に華麗な毒舌を披露してやまない、私の前世悪友殿である。悪友殿よ、仕事が速いな……!


 どうしよう。すごくこれからの話をしにくくなった。私はこれから、まさに『私は日本人転生者である』とカミングアウトして、安心させる予定だったのだけど。斗海命名『刈宮信者』なるものであるらしい小夏に、『シャーロット()=刈宮鮮花』って暴露するのはすごく微妙だ。小夏が信じなかったらそれはそれで困るし、信じたら信じたでやっぱり困る気がする。どうしよう。


 私が内心百面相している間に、小夏は語りに入ったようである。


「世界中の有名企業や先進的な研究機関は刈宮様の意見や支援があって……つぶれそうだった所を持ち直したっていう逸話は絶えないんです」


 ああうん、そんなこともあったな……。


「ご自身でも会社を経営されていらっしゃって、実は社員としてこっそり勤務して視察してらっしゃったらしくって」


 そんなこともあったな……。


「経営手腕や知識だけでなくて武芸にも秀でていらっしゃって、彼女の指導を受けたスポーツ選手が今では世界大会で大活躍! その高名さからいろいろと危ないこともあったそうですけど、全て返り討ちで警察から贈られた感謝状も数知れず……」


 そんなことも、あったな……。


「刈宮様の名言集や写真集はだれもが欲しがって、でも刈宮様を煩わせないように穏便に誠実に、それでいて超高値で取引されていて」


 そんなことも、……いやそれは知らない。それは知らなかったぞ。何をしているんだ。斗海か? 斗海が糸を引いていたりするのか。するんだろうな。私に隠せるのは彼女くらいである。斗海ぃぃぃぃぃ……。


「刈宮様が亡くなられてから八年……。あたしは小さかったからあんまり覚えてないんですけど、葬儀の日はもう世界中が大混乱して、それをまとめ上げたのが刈宮様の親友で、右腕でもあった杉原様で……命日には今でも多くの企業の社長とか世界中の権力者が冥福を祈っていて、国民の休日として裁定される日も近いって話なんですよ」


 何それ怖い。狂信者があらぶっていらっしゃる。というか『様』付けはデフォルトなのね……? まあ私日本にいながら世界中でいろいろとやってたから、死んだのはあほな理由とは言え唐突に過ぎたし、斗海は大変だったでしょうね……。『鮮花、あなたは死んでまで規格外でしかいられないのね』と痛烈に皮肉る斗海の顔が目に浮かぶようである。


 だがしかし『自分の死後』の話を聞くのはいささか妙な気分だ。というかまだあちらでは八年なのか。私は今十六歳なので、ということはつまり、時間の進みはこの世界の方がおよそ二倍早いということになる。


「刈宮様の亡くなられた翌年には教科書に刈宮様のことが掲載されるようになって、それで……あたしが中学生一年生の時に、この杉原様の著書『空に還る』が出版されました。教科書とか報道とかで知ってはいたんですけど、この本が出版された時に父からも話を聞いて……本を読んだら、もうもう、刈宮様の優しさと偉業、痛快さの虜です……!」


 語るうちに見る見るうちに元気になった小夏は煌めいていた。さながら恋する乙女のようである。一方それを聞かされた私の心情。えぇー……。という感じである。……小夏いわく、私の死後、事故現場である歩道橋は『刈宮信者』の巡礼地となって渡るものがいなくなったらしい。どういうことだ。歩道橋であるからして読んで字のごとく『道』として『歩いて』あげてほしい……。


 ともかく。『刈宮鮮花』について語る小夏はさっぱり止まる気配が見えないので、そろそろ強制的に話を進めようと思う。


「――わかったわ、小夏。あなたの憧れはわかったけれど、それよりも今は直面している問題についてどうにかしましょう」


 ぱん、と手を打ち鳴らして怒涛の如くの語りを遮る。どこかあらぬ世界へ意識を飛ばしかけていた小夏もハッと居住まいをただした。


「ご、ごめんなさい……! あたし、刈宮様のことになると、つい……そんな場合じゃないですよね……」


 しゅん、と肩を落とす小夏。気にするな、と伝えるために私はやさしく彼女の肩をたたいた。……まあ、たぶんこの唐突な暴走は精神の安定を求めた現実逃避の面もあったのだろう。何もわからない自分の常識が通じない場所で、常日頃から好み尊敬していた存在はたとえそれがすでに故人で、この場にいないとしても心のよりどころになる。それを、心が求めている。そもそも本の話題を振ったのは私である。思いもよらない方向性に振り切れたけれども。


 だからといって延々と付き合っているわけにもいかない。そもそも前世の自分の所業がまさかの早業で伝記になっていた上にその読者が信者と化した挙句異世界にて本人たる私に内容のすばらしさを語るとかどんな複雑な経路を経た羞恥プレイ。


 小夏の語りぶりを見るに実に私が転生者であるという事実を暴露したくない。したくないのだがしかし、こうしている間も時間は過ぎてゆく。そもそもこれからの話をするにあたって隠すと余計なすれ違いや勘違いを引き起こしそうでそっちの方が面倒だ。


 よって私は、意を決した。すっと空気が変わったのが分かったのか、小夏も背筋を伸ばす。



「……あなたにとっては不安ばかり、だと思うわ。でも大丈夫よ、私がいる。私は――あなたと、同じ世界の記憶を持っている」






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