7/72 その烈火(ジルファイス視点)
私は、身の危険を感じた。なぜならば呆然とする私含めた本日の『男子会』メンバーの心境を放置し、アリィを筆頭としたランスリー家の使用人たちはエルシオにものすごい勢いで詰め寄り、言ったからだ。
「エル坊ちゃま! 誰ですか!? 誰をしとめればいいのでしょうか!? そこの王子ですか? そこの王子でしょうか!?」
「えっ」
「大丈夫です証拠は残しません、一瞬ですよ、一瞬!」
「えっ」
「それともそこの白い菓子泥棒ですか? あれを殺ればいいですか?」
「えっ」
「大丈夫です全員で仕留めますきっといけますみんなやる気です!」
「えっ」
エルシオは激しく困惑している。そして兄上とドレーク卿、アーノルド殿は状況が理解できずに呆然としている。そんな中突如殺害候補に挙げられたらしい私とエイヴァはただならぬ殺意に静かに、しかし着実に後ずさった。
……いつもであれば怒気を向けられようと殺意を向けられようと「なんだ? 追いかけっこか? うむ、遊ぶぞ!」とのたまった挙句楽しそうに殺し合いという名の遊びに興じるエイヴァすらもドン引きしているのはそれほど鬼気迫る彼らが異常だったからだろう。
え、普通に怖い。私が何をした? エイヴァならば色々やっているだろうが、私はここまでの殺意を向けられる覚えはない。ないのだ。――考えられる可能性としては。
「エイヴァ。あなた、性懲りもなくシャロンに何かしましたか? その際に私の名でも出しましたか?」
「ちがっ! 我そんな阿呆ではないぞ! エルシオに駄目だといわれたからな! 今日はずっと一緒にいた! 我、イイ子だった!」
「イイ子であったのであれば先ほども説教などされなかったでしょうが、まあそうですね。今日、あなたは私たちと共に行動していましたからね……」
それによく考えれば、シャロンに何かをしでかしたとして、シャロン本人ではなく使用人が激高して乗り込んできたというのは違和感がある。しかもおそらく『犯人』たる人物が確定していないがためにエルシオに詰め寄っている。……エルシオなら、知っている可能性があると、思っている……?
と、そこまで考えた時だ。
「――シャロンお嬢様をたぶらかした糞野郎はいったい何処のどいつなのですかっっっ!?」
泣きわめくようなそのアリィの声が、思い切りよく、室内に響き渡った。そして沈黙が一瞬だけ室内を痛いほどに支配して……
「「……は?」」
「ぬ?」
「おや?」
「なんと!」
「ええっ?」
地獄の底から響くような声を出したのは私とエルシオ。きょとん、と目を瞬かせたのはエイヴァ。意外そうに眼を見開いたのは兄・ラルファイス。純粋に驚きを表したのはドレーク卿。何かを察し、顔色悪く声を上げたのはアーノルド殿だった。
だがしかしそんな周囲の反応はどうでもいい。アリィの発言は非常に、興味深かった。
「……もう一度、おっしゃってくださいませんか? シャロンが……なんです?」
私は、笑っていたと思う。おそらく。私の横からエイヴァが飛びずさって離れたが、私は、優しく、笑っていたのだ。それでもギッと、ランスリー家使用人たちは私をにらんだが、私に重ねるようにエルシオも問うた。
「ふふっ。僕も、今、ちょっと聞き間違えちゃったかも。……ねえ、アリィ。もう一度、きちんと、わかるように、説明してくれるよね」
エルシオは笑顔だった。兄上が飛びずさって逃げてきたエイヴァを受け止め、ドレーク卿の背にかばわれつつ、アーノルド殿も一緒に引きつり切った顔をして部屋の隅に退避した。もはやドレーク卿がさっきまでもたらしていた、むずがゆくもあたたかな空気などどこにもなくなって兄上たちは震えているが、それもどうでもいいだろう。
「はっ。今しがた姉・メリィから念話にて連絡がございました。屋敷にて談笑されていた中で、お慕いする方々のお話となり、お嬢様がっ!」
そうしてアリィは語った。『シャーロット様には、想うお方はいらっしゃるのでしょうか?』とのジッキンガム卿の問いに、
『ふふ、もちろん、いますわよ』
そう、ほほをバラ色に染めて、女神のように美しい笑みで、そのアメジストの瞳を緩ませて、シャロンが、答えたのだ、と……。
「へえ……。それで?」
「もちろん皆様その野郎がどこのどなた様か伺おうとただいま奮闘中ですが、お嬢様は微笑まれるだけで答えていただけず……! 姉が、私が何か知らぬかと連絡をしてきた次第です! 坊ちゃま! 私ども一同、ふがいなくも心当たりがなく……! その罪深き糞野郎を滅せておりません……!」
アリィ以下、ランスリー家の使用人たちは悔し涙を浮かべて己のふがいなさを呪っている。しかし彼らを責めることはできないだろう。私も……そしてこの様子ではエルシオも、その『糞野郎』に心当たりがない。
だが、混乱を招くと知っているだろうシャロンが、ただ面白がるためだけにそんな嘘はつかないだろう。特に、彼女を慕うシルヴィナ皇女には。つまり、『想う方がいる』のは、事実。そして、それを彼女が暴露したこと自体にも、意味がある。
「シャロンが、隠そうとしたら、まあ、わからないよねえ……。ふふ、僕、その人にお話があるんだけど……」
殿下じゃ、ないですよねえ? というエルシオの視線。悔しいことに、シャロンからそんなそぶりは感じたことがない。感じたことがあったなら私はもっと、……。首を振って返し、逆に目線で聞く。エルシオ、あなたでもありませんよね? と。
「……ありえません。僕は『家族』ですから。……これまでの言動、というか、過去の所業を思えば、エイヴァ君、という線もないでしょうし……」
考え込むエルシオ。私もエイヴァはないと思う。よくて『手のかかる弟』という認識だろう。そもそも、エイヴァが故・タロラード公爵とかつて起こした事件の際のシャロンの怒りはすさまじかった。今は打ち解けて世話を焼いているが……あれほどまでに怒らせることをやらかしたエイヴァに恋情を抱くにはよほどのきっかけがなければ、無理だろう。
そうして私とエルシオのやり取りを見るうちに、アリィたちも少しは冷静になったのだろう。今はシャロンの広すぎて自由奔放な交友関係に頭を抱えている。
「はは、エルシオ。私たちは、協力が必要ですね……?」
「ええ、殿下。僕、シャロンの結婚相手は、きちんとお会いして、僕を納得させられる方でないと、と思っていますから……」
「坊ちゃま。……ジルファイス殿下。我ら一同、全力を挙げて調査いたします。すでに部下を放ちました」
「うん、ありがとう」
「助かります」
団結する私たちに、兄らは怯えていたが、そんなことはどうでもいいのだ。




