7/67 それは何より鋭かった、(ルーファス視点)
私が介入したのはそう難しい理由ではない。
あんなことで、現在は友好国となっているヴァルキア帝国との国家間の軋轢を作るわけにはいかなかった。あくまで演習の一環であるという体を、ほかでもないヴァルキア帝国騎士・ジッキンガム卿が保ってくださっているというのに、こちらがその気遣いを無駄にするわけにもいかなかった。よって、騎士団長の目配せを受け、私が動いた。
「そうして私の仲裁で一応その場は収まったかに見えたのですが、……やはり微妙な空気は払しょくしきれず、端々で不穏さが垣間見えておりました」
仕方がない。その場のメイソード王国女性騎士すら敵に回すような言動だったのだ、その男のやったことは。ジッキンガム卿自身は常の無表情のままであったものの、エルシオ様も『親衛隊』とおっしゃっていたように、彼女を慕う者はメイソード王国にすら多いのだ。見る者が見れば彼女の強さも、それを裏付ける努力も、主君との信頼関係も、それでいて礼儀を欠かぬ立ち居振る舞いもわかるのだから。
「その空気を残しておくわけにもいきませんでしたので、場の責任者二名……ジッキンガム卿と騎士団長との協議のうえ、私とジッキンガム卿で一戦、手合わせを行うこととなったのです」
「ああ。つまり、実力者二人の手合わせを見せてほかの騎士たちに学ばせ、そのパフォーマンスをもって一度ことに区切りをつけて空気を変える、というところでしょうか?」
「おっしゃる通りです、ジルファイス殿下。結果、目的は達成し、事態は収まりました」
なお。これも後から聞いた話とはなるのだが、そこに至るまでに周囲のメイソード王国騎士たちの間ではひそやかに会話がなされていたらしい。いわく。「おい馬鹿がバカやってんだけどマジ馬鹿じゃねえの?」「あの新人『あのお方』の話知らねえのか……。誰だよ教育係! 必須伝達事項だろうがよ!」「あのバカ新しい世界の扉を強制的に開かれる未来、決まったな。馬鹿だわ……」「ちょ、とばっちりきたらシャレになんねえって!」「だんちょおおおおお! あのバカ止めてええええ」等々。騎士団長すらも真っ青だったらしい。
さらに後日、その『あのお方』=『正体不明の鬼畜指導官』であるとしった。その上同僚たちも知らぬ真実『身分を隠し変装した、その正体はシャーロット様』であることをも知ることになるのだが、かのお方がかつて彼ら騎士にいったい何をなさったのかはわからなかった。誰もが黙して語らなかったからだ。ただ、『あのお方を再臨だけはさせてはならない……! つまり俺たちは真面目に仕事をしなければならない……!』とすごい形相だった。
ともかく。
「たしか、結果は引き分け、だったね」
「はい。時間制限もありましたので、勝負はつきませんでしたが、学びの多いものとなりました!」
ラルファイス殿下の言に私はうなずく。
ジッキンガム卿の戦闘法、『身体強化』。それを行使するものは多くあれど、それのみに特化し、極めた者はそう多くはない。メイソード王国の国柄、というものもあろうが、『無属性魔術』である身体強化は得手不得手がどころか使用可能・不可能すらもわかれる魔術の一つだからだ。けれどジッキンガム卿は息をするように自在にその魔術を操っていた。おそらく彼女の保有魔力量は多くはない。しかしだからこそ強弱をつけ、完全に心身を統御していた。
そしてその卓越した剣技は芸術とすらいえるだろう。無駄なく洗練された動き、かと思えば意表を突くでたらめな動きも織り交ぜられる。彼女の戦い方の根本は、力で押し、押し切り、押し勝つ。それは確かにそうであるが、それだけではもちろんあるはずもない。彼女の観察眼と洞察力はずば抜けて高く、さらには直感ともいえる危機察知能力と心技体とそろったがゆえに実現できるのであろうほぼ予測不可能、変幻自在の剣筋は脅威だった。指揮官、というよりはおそらく一騎当千の戦力、単騎での特攻などの方が力を発揮できるタイプだ。他国に初の留学をする皇女殿下の、常にそば近くに仕える専属騎士としてこれ以上なく適任なのだろう。
そんな彼女に相対した私の魔術適性は「火」。私も決して、メイソード王国貴族の中では魔力が多い方ではない。ゆえに策を弄し手数を増やした。力勝負では話にならず、剣技だけなら彼女に軍配が上がっただろう。だが私も伊達に王太子殿下の護衛を任されているわけではないのだ。戦法の多様さとそれを使うタイミング、状況の見極め。持てるすべてで、対峙させていただいた。
「非常に、楽しい時間でした。もちろん殺し合いではありませんからそこは間違えたりしませんが……。そんな中、思ったのです。『ジッキンガム卿が今ですらここまでの実力を持つのなら、いずれは皇女殿下だけではなく、皇帝陛下の騎士として求められる日も来るのだろう』、と」
「……私は近くに彼女たちを見る機会が多いので思うのですが……ジッキンガム卿は、二主に仕える気はなさそうに感じます」
「はい。ジルファイス殿下にはお見通しなのですね。おっしゃる通り……私が浅慮でした。と、言いますが、あまりに対戦が楽しかったもので、思うだけでなくうっかりジッキンガム卿に言ってしまっていたようで」
首をかしげるジルファイス殿下に、私は深くうなずき、己のあの時の視野の狭さを改めて反省する。
「へえ。では、ジッキンガム卿は、何か応えを?」
好奇心か、あるいは試していらっしゃるのか。ラルファイス殿下は真意の読みにくい笑みで、問うた。私はやや目を伏せ、答える。彼女の声が脳裏によみがえった。
「彼女はこう答えました。『私はこの先も、姫様だけの騎士です』――と」
ああ、いいな、と。きっとその時、私は思ったのだ。




