7/65 血筋とは(ルーファス視点)
そういえば……と、ごく自然に出てきた、何気ない話題の一つだった。雑談は話の裾を広げ、ヴァルキア帝国、そしてシルヴィナ皇女殿下の話へと移り、必然ジッキンガム卿の話にもなった。お二方とシャーロット様の衝撃の邂逅劇の顛末には何とも言えない心地がした。なぜシルヴィナ皇女殿下は空から舞い降りてしまったのだろうか。ジッキンガム卿は生きた心地がしなかっただろう。ラルファイス殿下は無茶をなさらないお方で私は救われているのだろうとも思った。
その流れで、ふっと息抜きのようにジルファイス殿下は笑顔で、私にお尋ねになったのだ。「――そういえば、ドレーク卿。皇女殿下の護衛騎士殿とは、いつから?」と。美しい紅玉の瞳に射すくめられ、私は予期せず声を上げてしまった。
「えっ?」
「うん?」
「ふむ?」
「えぇぇ……」
「え? あの……?」
思いのほか私の声は大きかったようだ。ゆえに、心なしかにこにこと、楽しそうに片眉をくいと上げたラルファイス殿下、チョコレート菓子を堪能しながらきょとんとこちらをみたエイヴァ殿、何か疲れた目でジルファイス殿下と私を見比べるエルシオ様、そんなエルシオ様と私たちを見比べ困惑するアーノルド様……なんとなく一部屋にはいたが各々気ままに雑談をしていたはずが、一気に私とジルファイス殿下に視線は集中してしまっていた。
「おや、驚かせましたか? ですがあの日、シルヴィナ皇女殿下の護衛騎士殿……ソレイラ・アキト・ジッキンガム卿とのやり取りは私ももちろん耳に入りましたからね」
「まあ、そうだね。私もあの時だけではなく、何度か見ているな」
ふふ、と笑うジルファイス殿下に同調するように、ラルファイス殿下が肯った。なお、そんなお二方の向こう側では、「む? なんの話だ? そんなことあったか? 我、知らんぞ」「エイヴァ君は黙ってよっか。エイヴァ君にはまだ早いからね」「……ジッキンガム卿と、ドレーク卿には何か、特別なご関係がおありなのでしょうか?」「いえ、以前、少し……聞いて居ればわかるかと思いますよ、アーノルドさん」というやり取りが小声でなされていたようだが、私はそちらにかまっている余裕はなかった。なぜならば似ていないようでよく似ている殿下方両名が、非常に美しいほほえみでもって私を見つめてくるからである。
「は、その……改めて聞かれると、気恥ずかしいものですね……」
確かに。確かに、私は『思いとは言わねば伝わらぬもの』という父の教えに従ってジッキンガム卿を見かければ常にこの溢れる思慕を伝えようと、言葉にしてきた。もちろん私的な発言が可能な場であるかどうかはわきまえてはいたが……その場に殿下方が居合わせることも何度かあったのだ。
空色の鋭い瞳。プラチナブロンドの髪。白い肌。表情は薄いけれど、彼女の主たるシルヴィナ皇女殿下にはほほを緩ませる姿も何度か見たことがある。……私が彼女にかける言葉は、もしかしたら彼女にとってはあまり、喜ばしい類のものではないのかもしれない。彼女は私と相対するとき、常以上にその表情を引き締めている気がする。……けれど、言葉をかけずにはいられない。……何もせずに見ているだけでは、いられないのだ。
だがしかしそれを改めて指摘されるのは別である。私にも羞恥心はある。これでも。よって、私の顔は常になく赤らんでいることだろう。酒のせいだとはごまかせないほどには。
「……ルーファス。私はお前の恥ずかしがるポイントが時々わからないよ」
なぜだろう、ラルファイス殿下からぬるい視線をいただいた。なぜ殿下は半笑いをされていらっしゃるのだろうか……?
ちなみに、そんなラルファイス殿下の隣のジルファイス殿下は変わらぬ笑顔だった。その変わらぬ笑顔のまま、殿下は追及の手を緩める気は特にはなさそうである。
「ふふ、せっかくの交流の場ですし、いいではないですか。……それにしても、ドレーク卿のご年齢で、婚約者もいらっしゃらないのはいささか珍しいですね?」
今度は若干の変化球。しかしまあ、ジルファイス殿下がおっしゃったことは事実だ。幼少期から婚約者が決まることは昨今減ったとはいえ、学院を卒業するまで、あるいは卒業から数年……二十歳までには婚約者がいるか、あるいはすでに婚姻をしているのが一般的だ。まあ次男、三男ともなれば事情は異なってくるが、私は長男ですでに二十代も半ばを過ぎている。次期ドレーク男爵となる身なのだから、跡継ぎのことも踏まえれば少々焦らなければならない時期に来ているだろう。
けれどそうはいっても私にはいまだ婚姻どころか婚約者もいない。だからこそ、こんなにも思うがままにジッキンガム卿に懸想できているのであるが。……今のところ、返されるなにかは、ないのだけれど、それでも。
私はジッキンガム卿を諦めるつもりはない。それほどに軽薄な男に成り下がったつもりはない。……それに、家族の理解も、得ているのだ。だから両親も強引な見合いを進めることもないし、見守る姿勢を保ってくださっている。あとは私の努力次第というわけだ。まあ、その家族の理解にも、理由はあるけれど。
「そう……ですね。両親にも理解を得ていますので。……といいますか、」
少しだけいい澱んだが、興味深そうに皆様私に視線を向けられているし、隠し立てするほどの事柄でもないと判断する。
「父も、そうなのですが……なんといいましょうか、代々ドレーク男爵家の血筋のものは、一目ぼれしやすいのです。なおかつ一途なものも多く……下手に婚約者を決めてしまうと、問題が起こりかねない、という事情がありまして。父と母も、恋愛結婚なのですよ」
「……」
私は言い切った。しかし返ってきたのは沈黙だった。なぜだ。
「……?」
「……そうでしたか」
思わず沈黙を返す私に、そうしてジルファイス殿下が何かを悟ったように、短い返事だけを、返された。




