第十章 世界最強の女、そして……呼ばれてない競争相手
第十話、呼ばれてない競争相手。
溶岩の巨人に金貨三百枚の懸賞金。
六十人の冒険者が、アクラに登ってくる。
作者X : @Sora_no_TENKAI
代表作『Tenkai』は完結まで毎日投稿中!
本作は毎週水曜・土曜22時更新です。
厄介事は埃の雲に乗ってやって来た。
最初に気付いたのはレンだった。野営地の端でしゃがんで、世界の終わりを噛むみたいな静かな顔で干しリンゴを食べてた時、噛むのをやめて、顎で谷を指した。
「人が来た」
全員振り向いた。下で、あたし達が一週間かけて覚えた石の小道を登ってくる列があった。ヤギの群れじゃない。武装した人間の列だった。カラフルなマント、はためく旗、日差しに光る剣。遠くからでも紋章がわかった。銀鷹、夜明けの剣、ヴァレンフォートの狼、その他できれば存在を忘れたい名前が半ダース。
「十二の小隊」
レンが声のトーンも変えずに数えた。
「十二?」
サイが繰り返した。顔から血の気が引くのが、暑い日の蜂蜜酒が消えるより速かった。
「六十人くらい。もしかしたら七十」
「誰があいつらに教えたの?」
サイはもう羊皮紙を武器みたいに引っ張り出してた。
最初はガルドレンかと思った。次にオルウェンが書いて評議会の印を押した羊皮紙を思い出した。最後にトマのバラードを思い出した。今頃ヴァレンフォート中の酒場で『溶岩で風呂に入る戦争の女神』ってサビで回ってるやつだ。
「ギルドが狩りを解禁したんだ」
ジロが青ざめて当てた。
「巨人は金貨三百枚よ。三百! 公示付き!」
「三百」
サイが窒息しそうな、ほとんど宗教的な声で繰り返した。
「金貨三百枚で、あたし達はここで無料奉仕よ。金貨五枚のロープと石みたいなパンで」
「あたし達、報酬もらえるの?」
期待して聞いた。
「もらえるわけないでしょ!」
サイがむせそうになった。
「ハザエ・イシザキは名前を明かさずに登録できないわ! 名前を明かしたら半分は逃げて、残り半分はサインを求めてくるわよ!」
山を見て、それから登ってくる冒険者の列を見て、それから石の上で日向ぼっこしてるカダヴァルを見た。
「やらせればいいじゃん」
言った。
「誰かが勝てば、あたし楽できるし。誰かが死んでも、あたし楽できるし」
「誰かが巨人を予定より早く起こしたら」
サイが細い声で言い返した。
「作戦が水の泡よ。野営地も、穴も、金貨五枚のロープも一緒にね。あたし達も一緒に」
背中のカダヴァルが振動した。同意してた。
『彼女の言う通りよ。あいつらが今、ざわめきの中で穴まで行ったら、完全に起こしちゃうわよ。あいつ、来客嫌いなんだから』
「わかってる」
『何か作戦あるの?』
「アイデアならある」
『巨人よりそっちの方が怖いわ』
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アイデアはシンプルで、馬鹿で、だから完璧だった。あたしが小道まで行って、地元ガイドとして名乗って、冒険者達を穴から遠ざける。できるだけ長くて、無駄で、苦痛な回り道に誘導する。
「変装するの?」
ジロがもうカツラを想像して聞いた。
「変装いらないよ。誰もあたしの本当の顔知らないし。ポスターだけだし」
「みんなお前が赤く光るでかい剣持ってるって知ってるぞ」
「じゃあ剣は置いていく」
タラが両手でカダヴァルを持ち上げた。彼女にしかできない敬意のこもった持ち方で、厚い毛布に包んで、しっかり締めた。噛みつく赤ちゃんを包むみたいに。刀身が純粋な侮辱のため息を吐いた。
『荷物みたいに扱われるの大嫌いなんだけど。千年級の遺物よ、ハムじゃないんだから』
「数時間だけだって。約束」
『離れたらついていけないわ。目が見えなくなるのよ』
「大丈夫。あたし大人だし」
『それが一番心配なのよ。あなたが一人で何とかしようとすると、誰かが橋を失うんだから』
サイが、顔の半分と焼けた前髪全部を隠す、くたびれた革のつばの広い帽子をあたしに渡した。被った。肩で丸まって寝てたモチが起きて、帽子を見て、評価して、袖を登って、一番てっぺんに収まった。生きてる、温かくて煙を吐く飾りみたいな形で。
「上手くいくわけないわ」
サイがその格好を見て言った。
「火トカゲだよ。アクセサリーみたいなもん」
「羽が生えてるわよ」
「羽の生えた火トカゲだよ。この山の。限定版」
「ハザエ……」
「信じてよ」
「それができないのよ、あなたを知ってからずっとね」
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小道の入り口の広い高台で彼らに追いついた。そこでは小隊が休憩のために止まって、テントを張って、暑さに文句言ってた。馬がいて、地面に突き刺さった剣があって、汗だくの人達と、革と汗と野心の強い匂いがした。
背が高くて、完璧な真っ赤なマントを着て、金髪を高いポニーテールに結んで、ギルドで三回連続で一番ハンサムに選ばれたみたいな笑顔の男が、注目を集めるために箱の上に登った。
「注目、冒険者諸君!」
練習したみたいな声で叫んだ。
「僕は銀鷹小隊のリーダー、ブラントだ! 今日、溶岩の巨人を倒して歴史に名を刻もう! そして支払いリストにも!」
歓声が上がった。歴史より支払いの方に興味がありそうな歓声だった。
深呼吸して、帽子を直して、真ん中に紛れ込んだ。
「すいませーん!」
細い声で叫んだ。
ブラントが視線を下げてきた。ゆっくりと下りてきた。
「はい、お嬢さん?」
彼は言った。
お嬢さん。
お嬢さんって言った。伝説級とか、怪物とか、剣の御主人様とか言わなかった。お嬢さんって言った。
心臓が、戦術的状況には完全に不適切な、小さくて馬鹿みたいな跳ね方をした。
「ハゼって言います」
声が思ったより細くなって、ほとんど消えそうになった。
「この辺のガイドやってます。南斜面に住んでて……アクラの道はよく知ってます。ここで生まれたので」
「ガイド?」
ブラントが笑った。火山を登るにしては歯がすごく白くて、すごくちゃんと磨かれてることに気付いた。
「なんて幸運なんだ、山の中でこんなに綺麗なお嬢さんに出会えるなんて。石の中の花だね。面白い帽子を被った花だ」
瞬いた。一回。二回。
「ありがとう……?」
言えた。
「いや本当だよ」
彼は箱から降りて、近づいてきた。
「一人なのかな? それとも近くに嫉妬深い彼氏とか、でかくて、でかい剣を持った彼氏とかいるのかな?」
「いや、あの……彼氏はいないです」
言って、顔が燃石より熱くなるのを感じた。
「なんて勿体ない。こんな顔が、ここで埋もれてるなんて。でも狩りの後で解決できるよ。ディナーと、ワインと、お喋りと……」
あたしは完全に馬鹿みたいにニヤニヤしてた。顔が耳まで燃えてるのを感じた。もしカダヴァルがここにいたら、あまりに失礼な冗談を言って、あたしが何も考えずに穴に投げ込んでたくらいだった。
その代わり、乾いた女の声が、ナンパを真っ二つに切った。
「ブラント、ガイドを口説くのやめなさい。任務があるのよ。日射病の人間が六十人もいるのよ」
言ったのは紺色のマントを着た、短い黒髪で、水晶で飾られた杖を持って、ブラントと付き合いすぎてクマができてる女だった。名前はライサ、銀鷹の魔法使いで、あたしをたくさんの人に騙されて嘘を嗅ぎ分けるのを覚えた人みたいな疑わしげな目で見てた。
「髪、焦げてるわよ」
遠慮なく、帽子からはみ出てる部分を指差して言った。
「竜です」
考える前に、自動的に答えた。
「竜なんてもういないわ」
ブラントが、あたしが冗談言ったみたいに笑って言った。
帽子の上のモチが、歴史の修正に侮辱されて、正確な青い火花を出して、彼のマントの羽飾りの先っぽをちょうど焼いた。
「痛っ! 僕のマント! 限定版のマントなのに!」
「トカゲです」
急いで言った。
「火トカゲ。ここの火トカゲです。あの……美形アレルギーなんです」
「火トカゲに羽はないはずだ!」
ライサの後ろに隠れて、治癒の本を盾みたいに持ってる痩せた聖職者が呟いた。
「ここのはあるんです。火山進化です」
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彼らに付いて来させるのは思ったより簡単だった。それが平均的な、金に飢えた冒険者の知能について多くを物語ってた。
ブラントは綺麗な女を疑うには自信過剰すぎた。典型的なミスだった。ライサは小隊の数を数えたり、氷の呪文がそんなにたくさんの火傷に足りるか計算したりで忙しかった。ドランっていう聖職者は、近くに治療師がいるか、作戦に生命保険が含まれてるかだけを知りたがってた。そして残りは疲れてて、考えるより誰かに付いて行く方が楽だから、最初に出てきた道を受け入れた。
「穴に行きたいなら」
プロのガイドの小股で前を歩きながら説明した。
「一番安全なのは燃石の谷経由よ。近道なの。四時間くらいだけど、楽よ。すごく楽」
「四時間?」
後ろで誰かが不平を言った。
「一番安全な道なの」
世界を救うために嘘をついてる人の確信を持って繰り返した。
本当は、山に存在する中で一番長くて、暑くて、無駄な道だった。レンが三日目に初めて笑いながら教えてくれた場所だった。黒くてツルツルした石がたくさんある谷で、正午過ぎるとマジで燠みたいに燃えて、そして絶対にどこにも行かない。苦しむのが好きな人専用だ。
三十分もしないうちに、グループ全員があたしの後ろを一列になって登ってきてた。汗だくで。ブラントがあたしの横に来た。剣の柄に手を置いて、ハンサムの笑顔を浮かべて、虚栄心だけで他の人より汗が少なかった。
「ハゼ、だっけ? ハザエ・イシザキって知ってる?」
何気なく聞いた。
石につまずいて顔から転びそうになった。
「なんで?」
声が裏返った。
「仕事上の好奇心だよ。彼女がこの辺にいるって噂なんだ。伝説級の、世界最強の女。でも僕はバードの誇張だと思うけどね。宣伝だよ」
「誇張?」
「もちろん! でかい剣を持った女の子、それだけだよ。そういう子は何人も知ってる。強いけど、技術がないんだ。もし僕がハザエ・イシザキと公正な決闘をしたら、二合で彼女は地面に倒れてるね。最大でも三合だよ」
歯を食いしばりすぎて、魂から軋む音が聞こえた。
「なんて勇敢なのね」
毒の入った甘さで言った。
「技術の問題だよ。僕はヴァレンフォートの最高の師匠達に習ったんだ。すごく高い師匠達にね。それにそれに」
声を落として、汚い秘密を共有するみたいに付け足した。
「こういう伝説の女って大抵すごく孤独なんだ。寂しがり屋ってわかる? きっと本物の男に、話ができる男に、武器じゃなくて女として扱ってくれる男に出会えたら喜ぶよ」
頭の中に浮かんだ光景はあまりに鮮明で、鮮明すぎて満足すぎて、笑わないように目を閉じなきゃいけなかった。真っ赤なマントなしで、火山の割れ目に逆さ吊りにされて、助けを求めて叫びながらクイクイに靴紐を突かれてるブラントの姿だ。
「歩みを速めましょう」
感じてない落ち着きで言った。純粋な蒸留された憎しみだった。
「燃石の谷はすぐそこよ。すごく居心地良いわよ」
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燃石の谷は、風を遮る黒い岩の壁に囲まれた狭い回廊だった。地面は握りこぶし大の、全部同じ、黒くてツルツルした石で覆われてた。朝は普通に見えた。正午過ぎには、レンが稀な笑顔で説明したみたいに、内側から温まって、下が赤くなって、生きた炭みたいになる。
太陽が真上にあった。正午十分。完璧。
入り口で、経験豊富なガイドのポーズで止まった。
「こっちよ」
発表した。
「地面がちょっと……特別なの。速く歩いて、止まらないことをお勧めするわ。馬はここから出して」
ブラントが高らかに笑った。
「大げさだな、ハゼ。僕はアイゼンクローネの儀式で燃える炭の上を歩いたことがあるんだ! これは小石だよ!」
最初の一歩は自信満々だった。二歩目は普通だった。三歩目で彼は眉をひそめた。四歩目で、顔がすごく赤くなった。マントの色くらいに。
「アチッ! クソ! 熱い! めっちゃ熱い!」
跳び始めた。
ただの跳躍じゃない。高い、速い、必死な跳躍だった。下で何かが焼けて立っていられない人がするやつだ。彼の後ろの冒険者達が一人一人谷に入ってきて、一人一人跳び始めた。数秒で、六十人が混沌とした、完全にリズム外れの振り付けを踊りながら、神様と母親とガイドに悪態をつきながら、焼けるはずの大きな石の上に登ろうとしてた。
ライサが範囲冷却の呪文を唱えようとして、跳ねたせいで狙いを外して誰かの馬を凍らせた。馬は驚いた顔で止まった。ドランは平和主義と農業に改宗するって叫んだ。ブラントは片足で跳んで、マントは焦げて、金髪はぼさぼさで、尊厳はズタズタだった。
「ハゼェ!」
カエルの痙攣みたいに跳びながら叫んだ。
「安全だって言ったじゃないか!」
「一番安全な道って言ったのよ!」
まだ地面が冷たい入り口から叫び返した。
「安全だとは言ってない! 解釈が大事なの!」
帽子の上のモチが、魅了されたくしゃみみたいな竜の笑い声を出して、すごく満足そうだった。小さな青い炎が漏れて、冒険者の一人のズボンの裾に火が付いた。
ライサがあたしを睨んだ。片足で立って、目を細めて、汗をかいてたけど跳んでなかった。彼女は跳ばなかった。観察してた。
「あなたガイドじゃないわね」
乾いた声で言った。
「ガイドよ! 有資格の!」
「あなたはハザエ・イシザキよ」
沈黙。跳躍も少し小さくなった。
動かずにいた。彼女は三歩先にいた。ブラントはもっと後ろで、まだ跳んで呻いて、三つの言語であたしを罵ってた。
「あたし?」
下手くそな無実の声で聞いた。実際下手くそだ。
「あなたよ。帽子の上の竜、焦げた髪、その竜乗せの帽子を被る力、一時間前からブラントを殺したい顔して殺さないように我慢してる顔」
「何のことかわからないわ。名前はハゼよ。エ付きの」
ライサはもう数秒あたしを見た。たくさんの嘘を見て、たくさん嘘もついてきた人みたいな顔で。
それからゆっくり、小さく、ほとんどわからない、共犯みたいな笑みを開いた。
「信じたフリしておくわ。今のところはね」
くるっと背を向けて、杖を掲げて、他の人達に向かって将軍みたいな声で叫んだ。
「全員外へ! この道は呪われてる! 火山の精霊の罠よ! 高台に戻れ! 今すぐ!」
六十人の冒険者が谷の下に向かって駆け出した。跳んで、叫んで、煙を上げるブーツと、リサンダーの水夫を赤面させる罵り言葉の痕跡を残して。
ブラントは最後だった。あたしの前を足を引きずって通り過ぎた。マントの裾は焼けて、プライドはバラバラで、金髪は逆立って汗だくだった。
あたしの前で止まって、息を切らして。
「君は……」
難しそうに、帽子を指差して言った。
「君は蛇だ。嘘つきの蛇だ」
「ありがとう」
初めて本気で笑って言った。
「褒めてない!」
「わかってる。でもありがとう」
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夕暮れ時に野営地に戻ると、サイは石に座って、横には蜂蜜酒の樽があって、羊を食べた後に毛を売った狼みたいな笑顔をしてた。
「上手くいったわ」
聞きもせずに言った。
「大成功よ。劇的に」
「良かった。火傷用のハーブ軟膏を高台全体に売ったの。一個銀貨十枚よ。ボレアリスの氷入りアロエ軟膏。火山エディション」
「十? それってあからさまな強盗よ!」
「強盗じゃないわ、山価格よ。需要と供給の法則よ。ブーツが煙上げてるのと、馬が凍ってるのを見たら払う気になったのよ」
「樽は?」
「おまけよ。ヴァレンフォートの狼の一人の冒険者が、追加で三個とライサの足への呪文と引き換えに樽ごと提供してくれたの。ヴァレンフォートの蜂蜜酒よ。最高級の。十二ヶ月物」
樽を見た。樽もあたしを見た。一目惚れだった。
「それって戦略的出費なの?」
もう涎を垂らしながら聞いた。
「奉仕に対する手数料よ。あなた働いたもの。今日はガイドとしてね」
タラがカダヴァルを返してくれた。まだ毛布に包まれたまま、むくれてた。柄に触れた途端、文句言った。
『もう一回毛布に包んで古いパンみたいに扱ったら、寝てる間にあなたの靴全部切るわよ。全部』
「数時間だけだったじゃん。四時間だけ」
『四時間二十分よ。皮肉なコメントできないままだったの。拷問よ。ブラントについてコメントしないようにどれだけ努力したかわかる?』
「大変だったね」
『あなたには想像もつかないわ。怒りで毛布破りそうだったわよ』
泡立った蜂蜜酒のジョッキを持って、クレーターの後ろに太陽が落ちて全部をオレンジと赤に染めてる石に座った。火山は上で昨日より太い煙を吐き出してた。ジロはまだ自分を突いてるクイクイと遊んでた。タラは布で盾を磨いてた。レンは矢を研ぎながら、冒険者のテントが怯えた蛍みたいに光ってる谷を見てた。
サイは軟膏の染みが付いた出費の羊皮紙を開いた。
「今日の利益、銀貨五十枚、樽付き。焼けたブーツ二足はマイナス。踏んじゃいけないところを踏んだグループの分よ。あたし達じゃないわ」
「あたし半分欲しい」
素早く言った。
「あなた橋の借金があるでしょ、ハザエ」
「四十パーセント」
「二十よ」
「三十五」
「二十五で、次のジョッキはあたしのおごり。帽子もあげる」
少し考えた。樽を見ながら。
「合意」
肩の上のモチが、満足げに深くため息をついて、丸まった。片腕だけで、ぼーっとしながら抱きしめた。
「あたしをお嬢さんって呼んだ」
焚き火がパチパチするのを見ながら呟いた。
「誰が?」
ジロがいつも通り何もわからずに聞いた。
「ブラント。馬鹿の方」
「石の上で踊らせて、恥で殺しかけた男が?」
「あたしをお嬢さんって呼んだの」
馬鹿みたいなニヤニヤが取れずに繰り返した。
「誰もあたしをお嬢さんなんて呼ばないの。みんな御主人様とか、伝説級とか、怪物とか、公共の危険とか呼ぶの。彼はお嬢さんって呼んだの。綺麗なお嬢さんって。馬鹿だけど」
タラがゆっくり首を振った。半分非難で、半分愛情のこもった仕草で。サイは諦めた人みたいにため息をついた。レンは研いでる矢から目も上げずに、小さく言った。
「明日だ」
全員彼の方を向いた。
「巨人が起きる」
彼は続けた。
「周期は終わりよ。今感じた。石が熱くなったわ」
ジョッキを見て、踊る炎を見て、上でもっと黒い煙を吐き出して、明日目を開ける山を見た。
「じゃあ今日蜂蜜酒を楽しんだ方がいいわね」
ジョッキを掲げて言った。
「だって明日は本当に働かなきゃいけないんだから」
ゆっくり飲んだ。古い友達に別れを告げるみたいに。蜂蜜と、煙と、お嬢さんって呼ばれた一日の味がした。
第十章・終
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ハザエ、ガイドになる。
そして初めて『お嬢さん』と呼ばれる。
明日、巨人が起きます。
……蜂蜜酒は今日のうちに飲んでおけ。
作者X : @Sora_no_TENKAI
代表作『Tenkai』は完結まで毎日投稿中です。
本作は毎週水曜・土曜22時更新です。
ブクマ・★評価・感想で応援よろしくお願いします!
次回、水曜22時に続きます!




