第29話 勘違いでも、必要とされてるのは本当じゃん
文化祭前夜、部屋でぼんやりしていると、ノックもなしにドアが開いた。
「姉ちゃん」
こうきだった。当然のように部屋に入ってくる。ノックという文化がこの家に存在しないことは、もう慣れきっていた。
「明日文化祭でしょ。何やるの?」
「……魔王役」
こうきが、一瞬止まった。
「……お化け屋敷の? なんで即OKしたの?」
即OKした自覚はあった。理由も、すでに何度も自分の中で反芻していた。
「……ただ座ってればいいから」
「へえ」
「動く必要もないし、声を出す必要もない。存在するだけでいい役です」
「……それ、姉ちゃんの得意分野じゃん」
「……得意というか、唯一の適性です」
「魔王って呼び方もすごいけどね」
「……あだ名がそのまま配役になっただけです。人事の怠慢とも言えます」
こうきが噴き出すように笑った。
「怠慢て」
こうきはベッドの端に腰かけながら、少し考えるような顔をした。
「でも姉ちゃん、ちゃんと必要とされてるじゃん」
「……勘違いされてるだけ」
「勘違いでも、必要とされてるのは本当じゃん」
その一言に、何も言い返せなかった。
反論の材料を探そうとした。勘違いは勘違いであって、実態とは違う。実態が伴わない評価は評価と呼べない。統計的に見ても――そこまで考えて、頭の中の理屈が途中で止まった。理屈は正しいはずなのに、こうきの一言の方が、なぜかもっと単純で、もっと強かった。
こういうとき、いつもなら反論の武器がいくらでも湧いてくるはずだった。それなのに、今夜は武器庫の扉が開かなかった。開かない理由を考えようとして、それもやめた。考えたくない、というのが一番近い気がした。
こうきは、それ以上何も言わずに立ち上がった。
「見に来るんですか?」
「まあ、頑張れば。見に行けたら見に行くわ」
「……期待せずに待っています」
「その言い方、絶対期待してるじゃん」
「……していません」
こうきが笑いながらドアの方に向かった。
それだけ言って、部屋を出ていった。
一人になった部屋で、私はしばらくベッドに座ったまま動けずにいた。「必要とされてるのは本当じゃん」という一言だけが、頭の中で何度も再生されていた。
夜、燈くんの配信が始まった。
いつもの時間、いつもの挨拶。今夜は文化祭の話をしていたらしいリスナーのコメントに、燈くんが反応していた。
「そういえば、なずなさんも文化祭あるって前に言ってたよね?」
不意打ちだった。まさか覚えていてくれるとは思っていなかった。慌てて手元のスマホでコメントを打つ。
「明日です」
「マジで? 何やるの?」
「魔王役です」
「魔王役!? なずなさんが!? いいね、なんかコメントの感じ的にしっくりくるかも」
しっくりくる、という評価に、思わず苦笑いが漏れた。姿を見たこともないのに、よく分かるものだと思った。
「楽しんできてください」
(燈くんは私の話を覚えていてくれる。こうきも、星野さんも、なぜか山崎さんも――私という存在を、消えてほしいとは言わない。
なんで。私のHPが、原因不明の回復をしている。バグでは――)
画面の中の燈くんは、今夜もいつも通り楽しそうに笑っていた。その笑い声を聞きながら、私は膝を抱えて座り直した。
明日、私は黒いローブを着て、お化け屋敷の一番奥で椅子に座る。ただそこにいるだけの役。勘違いから始まった配役。それでも、その勘違いの中に、少しだけ本当のものが混じっている気がした。
混じっているとしたら、それはどの部分なのか。今夜のところは、まだうまく切り分けられなかった。切り分けられないまま、明日を迎えることになる。それでもいい、と思えるようになったのは、たぶんここ最近のことだった。
配信の音量を少しだけ上げて、私は布団に潜り込んだ。明日は、朝から忙しくなる。窓の外はもう真っ暗で、文化祭前夜特有の、どこか落ち着かない静けさが部屋を満たしていた。




