第18話 一騎当千の魔王(ただし全力で逃げていただけです)
騎馬戦の組み合わせが発表された瞬間、私の危機察知センサーが警報を鳴らした。
(……騎馬戦……これは接触が発生するイベントだ……相手チームが突進してくる……私という『背景のモブ』に物理的な衝撃が加わる……転倒する……前回の前髪崩壊事件から立て直したばかりの防衛ラインが再び崩壊する……今すぐ補欠という名の安全圏に退避したい……)
「深沢さん、頼むよ」
山崎さんが言った。爽やかな顔で言った。なぜ私がここに組み込まれているのかについての説明は一切なかった。
「……はい」
気づいたら返事をしていた。
騎馬戦が始まった。
私は騎馬の上に乗っていた。土台は山崎さんと男子2人。合計4人で1チームだ。周囲では他の騎馬が突進し、鉢合わせ、帽子を取り合っていた。
(……来る……あの騎馬が来る……接触する……当たる……当たったら私が落ちる……落ちたら全員を道連れにする……それだけは絶対に避けなければならない……回避……回避……)
右から来た騎馬を、身体ごと左に傾いて躱した。山崎さんたちが左に動いた。前から来た騎馬を、今度は右に体重をかけて流した。また右に動いた。後ろから来た気配に、身体が先に反応した。
(……とにかく当たりたくない……当たったら終わる……全員の視界から消えながら全員をかき分けて生存するという矛盾した作業を今全力でやっている……そもそもなぜ私がこの騎馬の上にいるのか……乗った瞬間から全部が間違いだった……でも乗ってしまったので今さら降りられない……これが人生というやつか……)
左、右、前、また左。どのくらい経ったか分からなかった。
気づいたら、周囲の騎馬が半分以下になっていた。
「のぞみ様……!」
田中さんの声がコース脇から聞こえた。
「のぞみ様が……一騎当千の……!」
(……違う)
「すごい、深沢さん全然当たってない……!」
(……当たりたくなかっただけです)
「あれ絶対計算してる……! 視野が広い……!」
(……計算していない。ただ恐怖で全方位を監視していただけだ。田中さんの声が遠い。全部が遠い。私は今ただ必死なだけだ)
脳内の訂正が追いつかないうちに、終了の笛が鳴った。
「深沢さん……本物だ……」
山崎さんが静かに言った。騎馬を解いた後、息を整えながらそう言った。目が真剣だった。
「いや待って」
星野さんが割り込んだ。
「絶対ただ避けてただけだって。ね、深沢さん」
「……そう」
「ほら!」
「でも結果的に全部躱してたじゃん」山崎さんが続けた。「避けるって言っても、あれだけ正確に動けるのは——」
「それは違くない? たまたまじゃん、たまたま」
「星野はまだ深沢さんの『無意識の精度』が見えてないんだよ」
「無意識の精度って何?」と星野さんが力なく言った。
「本人が意識してないからこそ本物ってことがあるじゃん」
星野さんが私を見た。助けを求めるような目だった。
「……違うと言っています」
「ほらやっぱり!」
「でも『違う』って言える人が、ああいう動きをするのが一番謎じゃん」
星野さんが空を見上げた。快晴だった。
「……もういい」と星野さんが空を見上げた。完全敗北の顔だった。
(星野さん、あなただけが希望でした。なのにまた飲み込まれた……)
「でもさ」星野さんが気を取り直したように言った。「深沢さん、転ばなかったじゃん。それは本当に良かったよ」
「……転ばないことが目標値だったので、目標は達成しました」
「目標値」と星野さんが笑った。
「……はい」
「まあ、お疲れ様」
星野さんがそれだけ言った。山崎さんの「無意識の精度」より、その一言の方がなぜか普通に受け取れた。
桐島さんが近くを通りかかった。一瞬こちらを見て、目が合った。すぐに視線を外して通り過ぎた。
少し経って、木陰の方から声が飛んできた。
「深沢」
「……なんですか」
「さっきの動き、何考えてたんだ」
「……当たりたくなかっただけです」
桐島さんが少し間を置いた。
「そうか」
それだけで向こうを向いた。何をしに来たのか今回も分からなかったが、聞き返す気力が残っていなかった。
次の種目のアナウンスが流れた。リレーまで、あと少しだった。
「深沢さん」
山崎さんが来た。水を飲みながら近づいてきた。
「騎馬戦、ありがとね。おかげでかなり良い位置につけてる」
「……当たりたくなかっただけです」
山崎さんが笑いながら言った。「それが分かってても、結果は結果じゃん」
「……結果責任という概念は理解できますが、私がその結果をもたらしたという因果関係の説明がつきません」
「なんで?」
「……私のような床のシミが一騎当千の活躍をするという物語は設定として無理があります。因果関係に誤りがあるはずです」
山崎さんがしばらく私を見た。
「……深沢さんってさ、自分のこと過小評価しすぎじゃない?」
「……正確な評価だと思っています」
「俺はそう思わないけど」
特に力を込めた言い方ではなかった。さらっと言った。なのに返す言葉が見つからなかった。山崎さんはもう水を飲んでいた。
(……俺はそう思わない……その一言の処理が完了していない……保留にする……リレーが終わってから考える……今は次の種目に集中する……)
グラウンドに風が来た。砂が舞った。リレーまで、あと少しだった。
「のぞみ様」
田中さんが来た。目がまだ少し潤んでいた。
「今日ののぞみ様、本当にかっこよかったです……!」
「……当たりたくなかっただけです」
「それがっ……! そのストイックさがっ……!」
(……ストイック……これも解釈のずれが生じている……私の「当たりたくない」という純粋な恐怖が、田中さんの中では何か別のものに変換されている……変換元と変換先の対応表を一度確認したい)
「……ありがとうございます」
とりあえずそう言った。田中さんが「のぞみ様……!」と言いながら戻っていった。解決とは何か、を私はこの体育祭で何度も考えている。




