83話 嵐のあとの朝
静香先生が帰ってきたのは、朝の陽射しがリビングに差し込む時間帯だった。
「陽向?」
「後輩く〜ん! ぎゅ〜っ……えへへ〜」
俺の腰にすがりついて朝の「補給」をしていた陽向先輩だったが、玄関からの声にハッと耳をそばだてた。
「陽向?」
「あっ! 先生〜〜っ! ぎゅ〜〜っ!」
先輩は一瞬で俺から離れ、弾丸のような勢いで飛び出していくと、静香先生の胸元へと抱きついた。
「よしよし……寂しかったかしら? ……西条君、ごめんなさいね? しばらく預かってもらっちゃって。これ、お礼ね」
静香先生は陽向先輩の頭を優しく撫でながら、申し訳なさそうに高級そうな菓子折りを差し出してきた。
「いえ、俺は全然大丈夫でしたよ? ご丁寧にありがとうございます、いただきますね」
「ええ、助かったわ」
「何が! 大丈夫なんですか!!」
静香先生と俺のやり取りを遮るように、エプロン姿の忍が割って入ってきた。
その瞳には未だフツフツと怒りの炎が揺らめいている。
「昨日なんて、カレーを山ほど作らせられましたからね!? ……材料費と労働費として、ちゃんとお金は支払ってもらいましたけれど!」
「だって〜、忍ちゃんのカレー、お店のより美味しかったんだもん! 6杯食べるためには仕方ないよ〜?」
「私は! 兄さんのために!! 作ったんです!! 貴方のためではありません!!」
「まあまあ、忍。落ち着けって」
「……兄さん! もうっ……分かりました!」
俺に頭をぽんぽんと撫でられ、忍はぷいっと頬を膨らませてそっぽを向いた。
「ふふ、仲が良くて何よりだわ。それじゃあ行きましょうか、陽向」
「は〜い! 後輩く〜ん、バイバイ! 忍ちゃんも、ごちそうさまでした〜♪」
「はいはい」
「もう二度と来ないでくださいね!!」
玄関のドアが閉まり、静香先生と陽向先輩の気配が遠ざかっていく。
忍の捨て台詞が虚しく響いたあと、ようやく我が家に平和(?)な静けさが戻ってきた。
「……ハァ。兄さん、今日はお家でゆっくり過ごしましょうね?」
「そうだな……そうしよう」
忍の甘い微笑みに毒気を抜かれながら、俺は嵐のような数日間が過ぎ去ったことを実感するのだった。




