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80話 兄さんのベッドにいるのは誰

「先輩、ご飯はもう食べました?」


「うん! 食べたよ〜さっきね?」


「うん? それなら良かったです」


リビングの時計を見上げると、針はすでに夜の遅い時間を指していた。


これ以上この緊迫した空間に留まるのは、精神衛生上非常によろしくない。


「さて……今日はもう遅いですし、そろそろ寝ますか」


「は〜い!」


立ち上がった俺に続いて、忍が案内するように客間の扉を開けた。


「陽向先輩、お部屋はここです。こちらの空き部屋を使ってくださいね? ……くれぐれも、兄さんの部屋には近づかないでくださいね?」


「は〜い、忍ちゃんわかったよ〜」


語尾を伸ばしてヘラヘラと笑う陽向先輩に、忍は(……本当に分かったのか? こいつ)という、疑心暗鬼に満ちた冷ややかな視線を向けた。


それでも夜更かしするわけにもいかず、忍は不満げに鼻を鳴らすと、自分の部屋へと戻っていった。


翌朝。


「兄さ〜ん……今日は一段と柔らかいですねぇ〜?」


むにむに、と感触を確かめるように抱きつく感触。


心地よい体温と甘い香りに包まれながら、忍は幸せそうに目を細めていた。


「……」


「……? 兄さん?」


「……」


返事がない。いつもなら「忍、朝だぞ」と頭を撫でてくれるはずの兄が、あまりにも静かすぎる。


不審に思った忍がゆっくりと目を開けると、そこにいたのは——


バシィッ!!


「あうぅっ!? 痛いよ〜、忍ちゃん!」


忍の手刀が、容赦なくその頭頂部に叩きつけられた。


「……陽向先輩。なぜ、あなたが兄さんのベッドに入り込んでいるんですか?」


殺気を剥き出しにする忍に、頭を抱えて涙目になった陽向先輩が不満そうに口を尖らせる。


「むぅ……忍ちゃんこそ、どうして後輩くんのベッドに入ってきてるの〜?」


「私はいいんです! 私は妹として兄さんのバイタルチェックを兼ねていますから! それに……朝の『補給』を兄さんからもらわないと、一日が始まりませんし」


「えへへ〜、後輩君美味しいもんねぇ〜」


「……そうですね。って、それより兄さんはどこに行ったんですか!?」


忍が周囲を見回すと、ベッドの主の姿がない。陽向先輩は枕に顔をうずめたまま、のんびりと答えた。


「後輩くんなら、さっき『顔を洗ってくる』って洗面所に行ったよ〜?」


「……そうですか」


またしても先を越された苛立ちを隠せない忍と、どこ吹く風の陽向先輩。


朝から騒がしい西条家から流れる水音が虚しく響いていた。



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