幕間 白衣と、始まりの春
保健室に柔らかな西日が差し込む、穏やかな放課後のことだった。
「ねぇ、先生?」
「なぁに、陽向?」
カルテを整理していた静香は、背後から服の裾をトントンと引っ張られ、ふっと振り返った。
そこにいたのは、心底嬉しそうな顔をした陽向だった。
「先生がいつも着てるそれ、私にも頂戴〜?」
陽向が指差したのは、ハンガーにかかっていた真っ白な白衣だった。
「えっ? これを……着るの?」
「うん〜! 先生とお揃いがいいの!」
陽向のキラキラした瞳に負け、静香は苦笑しながらクローゼットの奥を探った。
「そうねぇ……予備が一着あったかしら。……あったわ、これね?」
「わ〜い!」
受け取った白衣をさっそく羽織ってみるが、陽向の小柄な体躯に対して、それはあまりにも大きすぎた。袖は手のひらまで隠れ、裾は膝下まで届いている。
「少しブカブカね? でも、なんだか小さな医師みたいで可愛いわよ」
「えへへ〜、先生とお揃い〜!」
陽向は鏡の前でくるりと一回転し、袖の先をパタパタと振って大はしゃぎだ。
そんな様子を温かく見守りながら、静香はふと思いついてペンを取り出した。
「名札も、今度ちゃんと作ってあげるわね? 『保健室の助手』って書いて」
「うん! 楽しみ〜!」
陽向が嬉しそうに目を細める。
静香にとって、この穏やかな時間が何よりも代えがたい日常になっていた。
それから数ヶ月後のこと。
桜の蕾がほころび始めた春の朝、冒険者学校の正門前は、期待と不安を抱えた新入生たちで溢れかえっていた。
彼らがここを卒業する頃には、自分たちがどんな冒険者になっているのか――今はまだ、誰も知る由もなかった。
保健室の窓から、静香と、白衣を完璧に着こなそうと背伸びしている陽向が、その様子をじっと見つめている。
「あら、今年の入学生ね……」
「先生、あの子たち? みんな元気だね〜?」
「ふふ、そうね」
「先生〜、あの二人すっごく仲良しだね〜?」
陽向が窓の外を指差す。
そこには、一人の少年の腕へぴったりと抱きついて歩く少女の姿があった。
「兄妹かしらね?」
「いいな〜。楽しそう〜♪」
「陽向も十分楽しそうでしょう?」
「えへへ〜。だって先生がいるもん♪」
静香は、そっと白衣のボタンを留め直すのだった。
【本編:入学編へ続く】




