幕間:数ヶ月後 —— 保健室の夕暮れ
夕暮れの橙色の光が保健室のレースカーテンを柔らかく染めていた頃、静かなノックとともにドアが開いた。
「あら……?」
入ってきたのは、無口な教官だった。相変わらず表情を一切変えないまま、彼は静香のデスクへとズカズカ歩み寄ってくる。
「よう。……ほら、これ」
「何かしら?」
彼がファイルから取り出し、無造作に机へ置いたのは、何枚かの公的な厚紙の書類だった。
静香が不思議そうに手に取り、上部に印字された文字を目にした瞬間、その瞳が大きく見開かれた。
「これ……っ!?」
「そこに、あいつの名前を書け。……そしたら大丈夫だ。正式な手続きは全部済ませてある」
「えっ……!? これ、登録申請書でしょう!? 発行してもらうだけでも相当な特例と、各機関への膨大な照会と折衝が必要で……とても大変だったんじゃないの!?」
冒険者ギルドや行政を巻き込むような極めて異例の申請。
並大抵の労力では通るはずもない代物だ。
しかし、彼は面倒そうに視線を逸らし、短く呟いた。
「……? さぁな。大したことじゃない」
「……ふふ、ありがとう。貴方って本当に不器用ね」
静香が書類を眺めていると、静香の肩に顎を乗せていた陽向が、興味津々に覗き込んできた。
「先生〜? これ、なに〜?」
「これはね……? 貴方が、人間としてこの国で正式に暮らすための身分登録よ」
「えっ……! 私、人間になれるの〜!? やった〜〜!」
「ふふ、正確には人間になるわけじゃないけれど……ええ、これでどこへ行っても貴方は怪しまれないわ。良かったわね、陽向?」
「わ〜い! 先生とお買い物も、ダンジョンのお外もいっしょに行ける〜!」
パタパタとはしゃぎ回る陽向の姿を、教官は腕を組んだまま呆れたように見つめていた。
「……はしゃぐのはいいが、早く書いてくれないか? 役所への提出期限があるんだ」
「あっ……ごめんなさい。驚きと喜びのせいで、つい……。……その、本当にありがとう」
深く頭を下げる静香に続いて、陽向も教官の目の前まで飛んでいくと、びしっと可愛らしく敬礼してみせた。
「私からも〜! ありがと〜ござ〜ま〜すっ!」
「……別に」
教官はぽりぽりと頬を掻きながらそっぽを向き、保健室を後にした。
その背中を見送りながら、静香と陽向の温かな笑い声が夕暮れの保健室に響き渡っていた。




