幕間 ダンジョン実習の記録
陽向(かつての土地神)と契約を交わしてから数年が経ち、静香は27歳を迎えていた。
ダンジョン攻略と学術研究に明け暮れる日々の中で、彼女は今日から冒険者学校での「教育実習」へと足を踏み入れることになっていた。
割り当てられた教官の待つ演習フロアへ向かうと、そこには壁に背を預け、腕を組んだ一人の若い男が立っていた。感情の読めない無機質な瞳で、彼はじろりと静香を見やる。
「……お前か?今日からの 実習生は」
挨拶もそこそこに投げかけられた不機嫌そうな問いかけ。静香は一瞬圧倒されかけたが、すぐに整った笑みを浮かべて返した。
「ええ。そうみたいね?」
「……足は引っ張るなよ?」
「ええ、善処するわ」
無駄な会話を嫌う無口な教官の雰囲気に、静香は小さく肩をすくめた。
カツン、カツンと静香の靴音がダンジョンの石壁に響く。
静香が魔力の反応を解析しようと手元の資料に目を落とした、その時だった。
「……おい」
「え?」
「そこにトラップ」
教官の手が静香の胸元をぐっと押し留めた。
静香が驚いて足元を見下ろすと、踏み出そうとしていた石畳のわずかな隙間に、微細な感圧式の麻痺針が仕掛けられていた。
「え……本当だわ……」
背中に冷や汗が流れる。
静香はハッと息を呑み、隣の無口な教官を見上げた。彼の表情は相変わらず眉一つ動いていない。
「……お前、本当に教官になりたいのか?」
「ええ……そのつもりだけれど……」
「なら、その程度見破れ」
素っ気なく言い放たれた言葉に、静香は思わず苦笑しつつも、学者としての探究心を覗かせた。
「でも……これ、相当巧妙に隠されているわよ? 魔力の波長も遮断されているわ。……貴方、どうして分かったの?」
静香の問いに、教官はただ短く一言、吐き捨てるように答えた。
「勘だ」
「えっ……? 勘……?」
理屈ではない、修羅場をくぐり抜けてきた者だけが持つ野生の直感。
静香がポカンと呆然としていると、教官はすでに背を向けて奥へと歩き出していた。
「……ほら、行くぞ?」
「……ええ!」
教官の頼もしくも無愛想な背中を追いかけながら、静香は「この男のもとでやっていけるかしら」と、苦笑混じりにため息をつくのだった。




