幕間 命を救った契約
「何……あれ……」
物陰から覗いた先には、緑色のゴツゴツした皮膚を持つ二足歩行のバケツ頭の化け物——まるで物語に出てくる「ゴブリン」そのものの姿があった。
(気づかれたら終わりね……)
私は息を殺し、壁沿いにある大きな岩の影へとゆっくりと身を隠しながら移動を開始した。
一歩、また一歩と慎重に足を運ぶ。
……だが
コツン。
「しまっ……!」
暗闇で足元の小石を蹴ってしまった。静寂な洞窟内に、その乾いた音が甲高く響き渡る。
「グル……?」
「グルグル……」
「グル!!」
ゴブリンたちが不気味な声で何かを言い交わしたかと思うと、一斉にこちらへ向かって迫ってきた。
恐怖で脚が竦み、完全に硬直した私は指一本動かすことができない。
「グルァッ!」
あっけなく見つかり、逃げる間もなく長い髪を乱暴に掴み上げられた。
激痛とともに引きずられ、奴らの集団の真ん中へと投げ出される。
「グルグル……ッ!」
鼻を突く吐き気をもよおすような激臭。囲んだゴブリンたちが、嘲笑うかのように木製のこん棒を高く振り上げた。
(あ……私、ここで終わるんだ……)
諦めて固く目を閉じた、まさにその刹那。
眩いばかりの光が洞窟全体を包み込み、ゴブリンたちの体を一瞬にして飲み込んで消し去った。
「……あれ? 助かった……の?」
「大丈夫〜……?」
恐る恐る目を開けると、そこにはまたあの少女が立っていた。
「貴方……!」
「うん〜……?」
「助けてくれたの……?」
「うん!」
「そっか……ありがと——」
お礼を言いかけた私の言葉が止まる。
よく見ると、彼女の輪郭が薄く透け、今にも消えかかっていたのだ。
「えっ……!? どうしたのその身体……っ!?」
「あ……そっか〜。魔力、使いすぎちゃったんだよ〜。本当は体を維持する分しかなかったんだ〜」
「魔力……!? どうしたら貴方、消えないで済むの!?」
「魔力、貰えたら消えないよ〜?」
「それって……契約すればいいの!?」
「えっ! してくれるの〜? 嬉しいな〜!」
「ええ……っ! 早くしなさい!!」
少女が私の胸元にそっと手を触れた瞬間、体中のエネルギーが一気に吸い出されるような猛烈な倦怠感が私を襲った。
崩れ落ちそうになる膝をなんとか持ちこたえさせる。
「ふぅ〜……ありがとう! これからよろしくね〜!」
光が収まると、少女の身体ははっきりと実体を取り戻していた。
……そして、その身にはいつの間にか可愛らしい服が仕立てられていたのだ。
「……ええ。貴方、服……あったのね?」
「あるよ〜? もう〜、ひどいな〜!」
不満そうに口を尖らせる彼女を見つめながら、私は深く大きな溜息をつくのだった。




