幕間 誰もいない祠の神様
【幕間:10年前】
セミの喧騒が遠く聞こえる夏の日。
私はなみなみと水の入った重いバケツを両手で抱え、木々がうっそうと茂る裏山の長い坂道を登っていた。
息を切らせた先にひっそりと佇んでいたのは、苔むした小さな古びた祠。
「今日も……誰も来てないみたいね?」
汗を拭い、持って来た雑巾を固く絞って祠の周りを丁寧に掃除していく。
鳥居や小さなお社を磨き上げると、古めかしい木肌がどこか晴れやかに見えた。
「よし、綺麗になった」
汗を拭いながら祠の前に座り込み、私はポツリと溜息を漏らした。
「ねえ、聞いて……? 私、今日もモテなかったの」
『うん〜、聞いてるよ〜?』
心地よい風が頬を撫でる。
まるで返事でもされたような気がして、私は少しだけ笑った。
「どうしてかしら……私、そんなにダメなのかな」
『どうしてだろ〜ね〜?』
「ふふっ、誰もいるわけないのに……変なの。ごめんなさい、独り言に付き合わせちゃって」
『ううん、聞いてるよ〜?』
静寂の中に溶け込むようなその優しい空気感に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「でもね……なんだかここに来ると、心がすごく軽くなるの」
『良かった〜』
「……また、来るわね?」
『うん! 待ってる〜』
祠に向かって小さく手を合わせ、立ち上がろうとしたその瞬間——
グラグラッ……!
「えっ……!? あっ……!?」
浮遊感。そして底の抜けた闇へと落ちていく感覚。
強烈な衝撃とともに、私の意識は暗転した。




