44話 兄さんが見ている時だけ
次の日。
学園の渡り廊下で、王城は壁に背を預けながら、通りかかった忍の前にすっと立ち塞がった。
「どうやら君のお兄さん、随分酷い怪我をしたみたいだね?」
その言葉を聞いた瞬間、忍の身体が跳ねるように強張った。
「ッッッ……! 王城さん!……貴方、何かしたんですか!?」
「僕? まさか。僕はただ、僕の家に仕える愚妹に一通メールを送っただけさ。『いい練習場所がある』ってね」
王城は口角を歪め、己の権力で裏工作を行ったことを隠そうともせずに嘲笑う。
「そんな……! 貴方のせいで兄さんは……っ!」
「忍、僕と付き合えば守ってあげるよ? 君のその無力なお兄さんもね」
「ッッッ……それは……」
「断るなら……そうだね、また何か仕掛けようかな? 次はお兄さん、生きて帰れるかどうか——」
「だめ! お願いします……っ!」
忍は必死な顔で頭を下げ、声を震わせた。
「なら……わかるよね? 君が選ぶべき道が」
勝利を確信した王城は、満足げに忍を見下ろして顎をしゃくった。
「はい……王城さん」
観念したように俯く忍。
……しかし、次に彼女が顔を上げた時、その瞳からは一切の感情が消え去っていた。
「……? 何かな?」
不穏な空気の変化に、王城が眉をひそめたその瞬間。
「にこっ」
忍は寒気のするような完璧な笑顔を浮かべ。
「……がっ……!?」
王城の瞳から光が消え、まるで糸の切れた人形のように棒立ちになった。
「兄さんがいないところでは、二度と私に近づかないこと。ですが、兄さんが見ている時だけは——今まで通り私にアプローチしてください……それと、あとはお好きに」
王城は虚ろな目で淡々と返答した。
「……はい」
「では」
忍はいつもの可憐な笑顔に戻ると、軽やかな足取りでその場を去っていった。




