32話 妹に婚約者ができるらしい
校門の外、直哉と別れた章は、待ち合わせ場所の影に立つ忍を見つけた。
しかし、その姿は一人ではなかった。
「……忍、考えてくれたかい?」
男の低く、傲慢な声が響く。
Sランククラスの制服を乱れなく着こなした男——王城が、忍の肩を抱くようにして距離を詰めていた。
「何をですか? 王城さん」
「僕の婚約者になることさ」
「……はぁ」
「君はSランクの中でも、僕と特に相性がいい。昨日の実技の時にもそう思ったんだ」
忍は表情を変えず、淡々と対応しているが、その瞳の奥は氷のように冷え切っている。
「忍? ……終わったぞ」
俺は二人の不穏な空気を察し、割って入るように声をかけた。忍の顔がぱっと輝く。
「あっ、兄さん!」
忍が俺の元へ駆け寄ろうとした瞬間——ガシッ。
王城の腕が、忍の細い二の腕を強く掴み、引き留めた。
「えっ……?」
忍が戸惑いの声を漏らす。俺は眉をひそめ、王城を睨みつけた。
「……あの、離してくれませんか?」
「はは、君は僕と話しているのに、他の男性の方にばかり気を取られているんだね?」
王城は俺をゴミを見るような目で見下ろすと、わざとらしくため息をついた。
「どうかな、返事を聞かせてほしいな。……まぁ、君に拒否権なんてないけどね?」
「…………っ」
忍が言葉を詰まらせる。その瞳に、一瞬だけ神の如き冷酷な光が宿ったのを、俺は見逃さなかった。
「忍? ……帰るぞ」
俺は王城の腕を強引に振り解き、忍の手を引こうとした。
しかし、王城は冷ややかな笑みを浮かべたまま、俺の胸元を軽く——しかし、常人にはあり得ない力で突き飛ばした。
「ぐっ……!?」
俺の身体は無様に地面を転がり、背中からアスファルトに叩きつけられる。
息が止まるほどの衝撃。
「君は魔力すら纏っていないのかい? それでよくも忍の側にいられるね」
「兄さんっ……! 王城さん! ……離してください!」
忍が俺を庇うように声を上げるが、王城は忍を支配する優越感に浸りながら囁いた。
「ふむ……僕と付き合ってくれるかな? そうすれば、君のその弱い兄も、僕の力で守ってあげようか?」
忍の肩が、微かに震える。怒りか、それとも——。
「おい……そこまでにしておけ」
その時、頭上から鋭い声が降ってきた。
「先生!」
振り返れば、そこには担任の教師が立っていた。強面のその男が、今は鋭い眼光で王城を射抜いている。
「……お前、Sクラスの王城だろう。うちのクラスの生徒をいじめるな?」
「……ただの指導ですよ。才能のない者が分相応な場所にいると、本人も辛いでしょう?」
王城は平然と笑い、忍の方を向いてウィンクした。
「じゃあね、忍。返事は明日でいいからね?」
彼は余裕綽々と立ち去っていく。俺は地面に手をつき、歯を食いしばりながら立ち上がった。
「西条気をつけて帰れよ?……」
「先生……ありがとうございました」
忍が俺に駆け寄り、震える手で俺の服を整える。俺はただ、無力な自分の拳を握りしめるしかなかった。
「……兄さん、大丈夫ですか?」
「……ああ。なんでもない」
忍の表情は、先ほどまでの「可憐な妹」のままだった。
だが、彼女の視線の先——王城が去った闇の奥には、彼を焼き尽くさんばかりの殺意が静かに燃えていた。




