31話 何も気づいていない振り
「忍、ちょっと保健室に行ってくるな」
ダンジョンの出口付近で、俺は舞香の怪我(と破れた制服)の処置のために言った。
「ついて行きましょうか、兄さん?」
「いや、大丈夫だ。王城を保健室に放り込んだらすぐ戻ってくるから」
「はい、分かりました! ここで待っていますね?」
忍は素直に頷き、手を振って見送ってくれた。
**【保健室】**
ガラガラと扉を開けると、白衣を着た陽向先輩がベッドに腰掛けていた。
「あっ、後輩く〜ん!」
「っ……ちょ、先輩!?」
俺を見るなり、陽向先輩は勢いよく抱きついてきた。ふんわりとした甘い匂いと柔らかい感触。
「えへへ、無事だった〜? 心配したんだよ〜?」
「あ、あの……無事ですけど……」
(……おかしい。先輩、昨日の夜あれだけ様子がおかしかったのに……)
昨日の喫茶店での違和感や、抑揚のない冷め切った態度は嘘のように消え、いつも通りの「おっとりしたお姉さん」に戻っている。
だが、それがかえって不気味だった。
「あの、先輩。診てもらいたい人がいるんです」
「いいよ〜。今、保健の先生いないけど誰かな〜?」
「私ですわ……」
俺の後ろから、直哉の上着を羽織った舞香がひょこっと顔を出した。
「わぁ、血だらけ! それに……あはは、制服が破れちゃったんだね〜。私の着替え、サイズ入るかな〜?」
舞香の豊満な胸元を一目見て、陽向先輩はクスクスと笑いながら壁の棚から予備の服を取り出した。
「はいはい、怪我の手当てと着替えをするから、男の子たちは出て行って〜?」
「助かります、陽向先輩。王城をよろしくお願いします」
「じゃあ、俺たちは帰るんで。行こうぜ、西条?」
「おう。また明日な、王城」
「ええ、お二人ともありがとうございましたわ!」
俺と直哉は保健室を後にした。
扉が閉まる間際、ちらりと振り返ると——陽向先輩が舞香の手当てをしながら、窓の外で待っている忍の方へ、一瞬だけ「何も気づいていない振り」をした鋭い視線を向けていたような気がした。




