21話 私はただの『妹』ですよ
夜の公園。
街灯が一つだけ、心細い光を投げかけている。
ベンチに座り、虚ろな目で宙を見つめていた陽向の背後に、忍が音もなく降り立った。
「……もう来ていたのですか?」
「…………はい」
陽向の声には抑揚がない。
忍が指を鳴らすと、ようやくその瞳に宿っていた「強制的な服従」の枷が解かれた。
「……ッッッ!? ……ここ、どこ……?」
見覚えのない夜の公園。
陽向が弾かれたように立ち上がる。
彼女の脳裏に、喫茶店での会話の記憶と、その後の空白の時間がフラッシュバックした。
「公園ですよ? ……兄さんの記憶の綻びを突くなんて、よくもまあ考えましたね?」
忍の声は甘い。
だが、その背後に渦巻く闇は、陽向の全身を凍りつかせるには十分すぎるほど濃密だった。
「それは……あなたみたいな異常な存在を、後輩くんが……!」
「どうしたのですか? 私は兄さん以外、何もいらないのです。……あ、そういえばこの前、あの先生にも言いましたよ? 『兄さんに関わるものは全て消す』と。……ああ、そうでしたね。貴方は外で戦っていましたから、覚えてないですね?」
忍は首を傾げ、愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
陽向は恐怖で足がすくみながらも、必死に声を振り絞った。
「後輩くんを……解放してあげて! ……お願い!」
「ダメですよ?」
「どうして……! 貴方は危険すぎる……! 神が、人間にそこまで肩入れするのは……ッ!」
陽向の言葉に、忍は心底不思議そうに目を瞬かせた。
「……?」
「……神が、人間に肩入れ……? 勘違いしていますね、陽向先輩」
忍はゆっくりと陽向に歩み寄る。その足音は、まるで死神のカウントダウンのようだった。
「私は人間を愛してなんていません。興味があるのは、私の愛する兄さんだけ」
「貴方が神の力で人間を操って、無理やり愛を捏造しているのよ! そんなの、愛じゃないわ!」
陽向の叫びに、忍は心臓を掴まれるような感覚を覚えた。だが、それを憎しみで塗り潰す。
「……危険、ですか? 危険にしているのは貴方の方じゃないですか。私の兄さんに関わるほど、貴方の周りを私が壊します。」
「…………ッッッ!」
陽向は息を呑んだ。
目の前にいるのは、ただの美少女ではない。
論理も倫理も通用しない、章という存在だけに執着する「絶対的な破滅の具現」だった。
「私は兄さんがいればいいんです。……いえ、兄さんさえいれば、世界なんてどうなってもいい」
「そんなの……おかしいよッ! 貴方も神様なんでしょ!? ならもっと……!」
「神様?」
忍はクスクスと笑い、闇が溶け出すような瞳で陽向を見据えた。
「私はただの、兄さんの『妹』ですよ。……それ以上でも、それ以下でもありません」




