139話 屋上の刺客
重い鉄扉の前に立ち、俺は深く息を吸い込んだ。
ポケットの中で、アリエッタから貰った手紙の角が指先に当たる。
(葛西たちには適当に話をつけて出てきたが……早く断って教室に戻らないとな)
告白の返事を断るなんて経験、生まれて初めてだ。
妙な緊張に喉を鳴らしながら、ドアノブを押し下げた。
ガチャリ。
春の突風が吹き抜け、前髪を乱暴に揺らす。
フェンスで囲まれた無人のコンクリートの広場を見渡し、俺は首を傾げた。
「あれ? アリエッタさんは……?」
待っているはずの少女の姿はない。
代わりに、給水塔の陰に背を預け、気怠そうに紫煙を吐き出している見知らぬ男が一人、ゆっくりと顔を上げた。
着崩した薄汚いジャケットに、剃り残した無精髭。
学校の関係者とは到底思えない異様な風貌だった。
"Yo."
(「よう」)
「…………」
喉が張り付いたように、声が出ない。
男が吐き出した煙が風に散る中、底冷えするような悪寒が足元から這い上がってきた。
ただそこに立っているだけなのに、まるで肉食獣の檻の中に放り込まれたかのような、絶対的な暴力の気配。
"Don't look so tense, Akira Saijo. Though I suppose you don't understand a word of English anyway."
(「そう構えるな、西条章。……って言っても、英語は分からんか」)
男は煙草を指先で弾いて地面に落とし、靴底で無造作に踏み消した。
その濁った瞳に、感情の欠片もない冷徹な光が宿る。
"Well then... time to wrap this up."
(「さて……終わらすか」)
「……」
聞き取れない呟きに眉をひそめた、その刹那だった。
男の右腕が、残像すら残さずにブレた。
「——ッ!?」
キィィィンッッ!!
金属同士が超音速で衝突したような、耳をつんざく甲高い火花が目の前で弾けた。
反射的に腕で顔を庇った俺の足元に、カランと音を立てて転がり落ちたのは、鋭利なコンバットナイフ。
そして同時に——胸のポケットから、乾いた断裂音が響いた。
忍が「お守り」だと言って持たせてくれた小さな布の包みが、内側から弾け飛ぶように真っ二つに裂け、灰色の糸となって風に散っていく。
"I see... just an ordinary student after all, huh? The higher-ups made such a fuss that I wondered what kind of monster you'd be. But a job's a job. Gotta get this done."
(「なるほどな。やっぱりただの学生か。アイツらが大騒ぎするからどんな化け物かと思ったが……とりあえず、やっとかないとな」)
男が腰の後ろから、二本目のナイフを音もなく滑り出させた。
(な、なんだ今の……!? まったく見えなかったぞ……!)
殺される。
今すぐ逃げて葛西たちに応援を頼む隙なんてない。
こんな屋上の異変に、教室の先生たちが気づいてくれるはずもない。
死の予感に足が竦みかける俺を見据え、男はナイフを逆手に構え直した。
"Shall we end this, then?"
(「さて……終わりにするか?」)
死神の宣告のように、低い英語の響きが屋上の風に溶けていった。




