136話 裏の断罪
翌日、昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた直後
屋上へ向かおうと教室を出たアリエッタの行く手を塞ぐように、忍がすっと廊下に立ち塞がった。
「アリエッタさん? 少しお話を」
「まあ! 忍から声をかけてくださるなんて、とても嬉しいですね。……ですが、もう行かなくてはなりません。彼が屋上で待っていますから」
困ったように眉尻を下げて微笑むアリエッタに対し、忍の瞳には一切の光が灯っていない。
「少しだけで構いません。お時間をいただけませんか?」
「ええ! いいでしょう、可愛いお友達の頼みですもの」
アリエッタは快く頷き、忍の先導で校舎の裏手、滅多に人の立ち入らない薄暗い非常階段の踊り場へと足を踏み入れた。
コンクリートの壁が昼の喧騒を遮断する。
「……ここなら、大丈夫そうですね?」
「ええ。それで忍? 私と何をするのでしょうか?」
優雅に首を傾げるアリエッタ。
その瞬間、精神操作の波動がアリエッタの全身を覆う。
「——はい。今から貴方は私の操り人形です。言われた質問に答えなさい。分かりましたか?」
アリエッタの琥珀色の瞳からすうっと光が抜け落ち、焦点が定まらなくなる。
「……はい」
大沢先生を屈服させたときと同じ、精神支配の手応え。
忍は冷酷に尋問を始めた。
「屋上に向かわせている貴方の分身は?」
「……あそこ、屋上の扉の前です」
「なるほど。消してくれますか?」
「……はい」
アリエッタが指先をかすかに動かすと、上層階から漂っていた微弱な熱の気配がふっと霧散した。
「他には? まだ潜ませていますか?」
「……もう、いませんよ」
「そうですか。……貴方の目的は何ですか?」
「……西条章を、暗殺すること」
「誰からの命令ですか?」
「……特務機関」
「なるほど、やはりあそこですか」
冷徹に情報を引き出した忍は、一切の躊躇なく最後の処分を下す。
「では——貴方は、そこで自害してください」
「…………」
アリエッタの手がゆっくりと自らの首元へと伸びていく。
その絶対的な服従を確認した忍は、安堵とともに思考を切り替えた。
(さて、兄さんは無事でしょうか? 早く確認しないと——)
意識が兄のいる屋上へと向けられ、目の前の傀儡からほんの一瞬、意識が完全に逸れた。
——その、刹那。
カプッ
「……えっ?」
鋭い痛みが奔る。
信じられない感触に視線を落とすと、自害するはずだったアリエッタが顔を寄せ、忍の右肩の柔らかな肉に深々と牙を突き立てていた。
制服の布地を突き破り、鮮血が滲み出す。
そして、精神を支配されていたはずの神霊が、血に濡れた口元を歪めて妖しく嗤った。
「……油断しましたね? 忍。ふふ……私の精神を、その程度の術で縛れるとでも思いましたか?」




