↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/166

135話 桃色の封書と、凍りつく夕餉

居間のちゃぶ台に荷物を置き、制服の上着を脱ぎながら俺は台所の忍に声をかけた。


「忍?」


「はい、兄さん。どうかしましたか?」


夕飯の味噌汁をかき混ぜる手を止め、忍がお玉を持ったまま振り返る。


「いや、今日下駄箱にこれが入っててさ。……あっ」


学生服の内ポケットから取り出そうとした瞬間、指先が滑った。


淡い桜色の封筒が、ひらひらと宙を舞って畳へと落ちていく。


「キャッチ〜! 後輩く〜ん! これなぁに? 開けていい〜?」


パシッと、信じられない反射神経で封筒をキャッチしたのは、いつの間にか背後に立っていた陽向先輩だった。


「ちょっ、陽向先輩! 私が先に兄さんから受け取ろうとしていたのに……! ……まあ、いいです」


忍がピキリとこめかみを引きつらせ、包丁を握る手に力を込める。


「……陽向先輩? いつ帰ってきていたんですか?」


「う〜ん? さっきだよ〜?」


「全く足音が聞こえませんでしたけれど」


「ふふ〜ん、完全に気配消してたもんね〜! すごいでしょ〜? 撫でて撫でて〜♪」


犬のように頭をすり寄せてくる先輩に、俺は苦笑いしながら手を伸ばした。


「あ、はいはい、すごいすごい」


「えへへ〜♪」


「……それより兄さん、その手紙、何なんですか?」


忍の視線が、先輩の手にある封筒へと突き刺さる。


「いや、俺もまだ中身を見てないんだよ。開けるぞ?」


「はぁ〜い、どうぞ〜」


封蝋を剥がし、中から上質な便箋を取り出す。


そこには、まるで芸術品のように流麗な文字で、こう記されていた。


『ご機嫌よう。アリエッタと申します。


此度、どうしても貴方にお伝えしたいことがありまして、翌日のお昼の時間を少しだけお借りしたいと思います。


どうか、私の胸の丈を受け止めていただけないでしょうか?


屋上でお待ちしております』




ピシッ……!!


畳の隙間から、まるで真冬の霜柱が立つような凄まじい冷気が噴き上がった。


空間そのものに亀裂が入ったかのような錯覚に、陽向先輩が悲鳴を上げて俺の背中に飛びついてくる。


「ひぃっ! こ、こわいよぉ〜忍ちゃんのお顔こわいよぉ〜〜!」


「……どうした、忍? 怖い顔して」


恐る恐る尋ねる俺に対し、忍は張り付いたような極上の笑顔を向け、首を傾げた。その瞳の奥には、一切の光が灯っていない。


「兄さん? ……これ、どうお返事なさるおつもりですか?」


「ん? 明日屋上に行って、ちゃんとお断りしてくるよ」


「! ……それは、その……あの、私もついて行きましょうか?」


「いや、いいよ。大丈夫だ」


きっぱり断ると、忍は珍しく視線を泳がせ、唇を噛み締めた。


「……それよりどうしたんだ忍? 今日はやけに歯切れが悪いぞ」


「いえ……っ。…………はい! 兄さん、とても良いご判断だと思います!」


何か言いたげな喉の引っかかりを無理やり飲み込み、忍は満面の笑みで頷いてみせた。


すると、背中から顔を出した陽向先輩が呑気に手を挙げる。


「じゃあじゃあ、私が代わりに行こっか〜?」


「陽向先輩? う〜ん……相手もわざわざ勇気を持って手紙を書いてくれたんだし、そこは俺が自分の口でちゃんと筋を通したいんだよ」


「そっかぁ! 後輩くんは優しいね〜、わかったよ〜!」


納得して笑顔に戻る先輩の横で、ゴォンッと鈍い音が響いた。


見ると、忍が柱に額を深く打ち付けていた。


「しの、忍ちゃん大丈夫〜!?」


「……はい。少し、陽向先輩の底抜けの能天気さに呆れただけです」


「え〜〜っ! ひどいよ忍ちゃん〜〜!」


騒がしくじゃれ合う二人を苦笑いで見守りながら、俺は手紙を丁寧に折り畳み、ポケットへとしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。