16話 今日はすき焼きですよ?
「兄さん!」
夕闇が落ち始めた道で、忍が少し息を切らせて駆け寄ってきた。
「終わったのか? 用事」
「はい! 無事に終わりました」
忍は少しも悪びれる様子なく、満面の笑みを浮かべる。
「そうか。じゃあ帰るか」
「あ、兄さん! 帰る前に、ちょっとお買い物に付き合ってください!」
「買い物? ……俺は荷物持ちだな」
「ふふ、違いますよ〜。今夜は……すき焼きですよ?」
「……! それは急がないとな」
牛肉の争奪戦と準備を思いうかべ、俺は足早にスーパーへと向かった。
忍は嬉しそうに俺の隣にぴったりと寄り添い、歩幅を合わせて歩く。
「ごちそうさま! いやー、すき焼き美味かったな!」
「ふふ、兄さんが美味しそうに食べてくれて良かったです」
夕食を終え、風呂上がりでさっぱりした俺がリビングでくつろいでいると、パジャマ姿の忍がトコトコと歩み寄ってきた。
少し頬を赤らめ、上目遣いに俺を見つめてくる。
「兄さん……今日は、一緒に寝てくれませんか……?」
「ん? お前、いつも勝手に布団に潜り込んでくるだろ?」
「あ……そうでしたね? それでは遠慮なく……!」
忍はぽっと顔を輝かせると、照れくさそうにえへへ、と笑った。
ベッドに入ると、忍はごく自然な動作で俺の胸元に潜り込み、細い腕で俺の胴体をぎゅっと抱きしめてきた。
いつものように、微かな甘い香りと、そしてどこか身体が重くなるような気だるさがじわりと広がっていく。
「兄さん……私、今日すっごく頑張ったんです」
「そうか」
「……褒めて?」
胸元から見上げてくる忍の瞳には、ただ大好きな兄に認められたい一心のような、いつになく素直な光が宿っていた。
俺は少し苦笑しながら、忍の柔らかい髪に手を伸ばし、優しく撫でてやった。
「よく頑張ったな、忍」
「……えへへ。ありがとうございます、兄さん……」
俺の手に嬉しそうに頬を寄せていた忍は、満足そうに深いため息をつくと、ゆっくりと瞼を閉じた。
(……兄さん。私、約束通り『嫌わせる札』はもう使いません。だから……ずっと私のそばにいてくださいね? ずっと……ずっと……)
心の中で甘く狂おしい誓いを立てながら、忍は静かな寝息を立て始めた。
「……おやすみなさい、兄さん」
「……おやすみ、忍」




