15話 兄さんの邪魔をしないでくださいね?
「よし、もう戻ろう」
「えぇー? まだ行けるわよ?」
「俺も、もう少し行けそうだけど……」
「……なんだか、嫌な予感がする」
「……? 戻るぞ葛西、王城」
「分かったわよ!」
俺は妙な胸騒ぎに従い、俺たちはダンジョンを引き返すことにした。
ゲートをくぐり、地上へ出た瞬間——
「兄さんッ!」
待ち構えていた忍が、弾むような勢いで俺の胸に抱きついてきた。
「無事でしたか……!? 怪我はありませんか……!?」
「おう、平気だ」
「よかった……! さぁ、早く帰りましょう、兄さん!」
「そうだな。じゃあまた明日な、葛西、王城」
「西条、また明日な!」
「明日も付き合ってあげるわよ!」
二人に手を振り、忍と一緒に歩き出す。
「兄さん?」
「なんだ?」
「ダンジョン、どうですか……?」
「う〜ん……鍛えてはいるが、強くなってる実感があまり湧かないな」
「そうですか……。兄さん! 私、ずっと応援してますからね!」
「おう、ありがとう」
忍は「にこっ」と花が咲くような笑みを浮かべたあと、不意に足を止めた。
「あ、兄さん。少し寄るところがありますので、先に帰っていてください」
「ん? 分かった。あまり遅くなるなよ?」
「はい!」
手を振る忍を見送り、俺は一人で家路についた。
——兄さんの姿が完全に消えた、その直後。
忍の笑顔は冷たく霧散した。
一瞬にして移動し、校舎の陰——保健室の先生と陽向が立つ暗がりへと姿を現す。
「……貴方ですね? 兄さんから『紙』を奪ったのは」
冷淡な問いかけに、保健室の先生は毅然とした態度で懐からあの紙を取り出した。
「あれは危険なものだ。生徒を惑わすような真似は——」
「分かりました」
シュッ。
言葉が終わるより早く、空気を裂く微かな音。
「……ぐっ!?」
先生が絶句した。
自分の右腕が肘から先、スパリと切断されて地面に転がっていたからだ。
鮮血が吹き出す——はずだった。
「……? ついてますよね?」
「あっ……えっ……!?」
先生が自身の腕を見下ろすと、切断されたはずの腕は何事もなかったかのように繋がっていた。
あまりの怪異に、先生はガタガタと震え出す。
「……次は、首でしょうか?」
「や、やめなさい……ッ!」
絶対的な死の恐怖。
その前に、陽向が立ちはだかった。
「……また貴方ですか~?」
「う~ん、ダメだよ~?」
陽向の雰囲気が一変する。
だが、忍は一切の興味を示さず、冷たく言い放った。
「少し、邪魔ですね……。なら——外の教官たちは、全員『貴方の敵』です。30分だけ、遊んであげなさい」
その瞬間、忍の瞳が怪しく光を放った。
「えっ……あ……はい……分かりました……」
陽向の瞳から光が消え、完全な虚無の表情へと変わる。
精神を操られた陽向は、虚ろな足取りで外の教官たちへ向かって歩き出した。
「……陽向……ッ!?」
忍は静かに告げる。
「さて……兄さんと私の邪魔をしないでくださいね?」
繋がった右腕を抱えてる先生だったが、死の恐怖に耐えながら、必死に忍を見つめ返した。
「でも……あれはダメよ……! 好きなら……ちゃんと、正々堂々とぶつかりなさい……!」
「……? 好き……? 誰がですか?」
「……? 忍ちゃん、貴方よ……?」
「何を言っているのですか? ……好きではありませんよ? 大好きなんです。愛してるんです。」
「ッッッ……!」
先生は息を呑む。
「ですから……兄さんの邪魔をするもの、私の邪魔をするものは……全て消します」
「ま……待って……! そんなことしても、貴方のお兄さんは喜ばないわよ……!?」
『兄』という言葉に、忍の動きがピタリと止まった。
少しの沈黙の後、忍は愛おしそうに自分の頬を撫でる。
「……そうですね。分かりました……『嫌わせる札』はもう使いません。……ですが、もう二度と、私の邪魔をしないでくださいね?」
「……分かったわ……」
先生が力なく頷いたのを確認すると、忍は満足そうに微笑み、夕闇の中へと消えていった。




