14話 Dランクのお嬢様には、隠し玉がある
放課後、装備を整えた俺たちは初心者ダンジョンへと足を踏み入れた。
「へぇ〜、これが噂のスライムね? なんかぷにぷにしてて可愛いわね?」
王城舞香が物珍しそうに、足元を這っていた緑色のぷよぷよした塊——スライムを覗き込んだ。
「おい西条……ほっといていいのか?」
「大丈夫だろ? スライムだし」
「ほらー、こっちいらっしゃい〜! むぎゅ〜っ!」
舞香は無防備にもスライムを両手で抱き上げ、自分の顔にぴったりと押し付けた。
ジタバタ、ジタバタ!
「おい……西条、あれ見ろ」
直哉が青ざめた顔で指さす先を見ると、舞香の顔面全体にスライムが隙間なく吸い付き、体が激しく痙攣し始めていた。
「……何やってんだよ、あいつ」
俺は腰の小太刀をスッと引き抜くと、舞香の顔を傷つけないよう、スライムの核だけを的確に一閃で突き穿った。
パチンッと核を破壊されたスライムが弾けて消滅する。
「ぶはぁッ!? はぁー……はぁー……ッ! 死ぬ……! 死ぬかと思ったわよ……ッ! カハッ!」
「お前……スライムの顔面付着による窒息リスクも知らないのか?」
「知るわけないでしょこんなのー! 最初から説明しなさいよバカ!!」
「教科書読んでないだろ……身をもって体験して覚えるタイプだな」
「ふ、ふんっ! 早く次行くわよ! たまたま油断しただけなんだから!」
恥ずかしさを誤魔化すように強がる舞香を先頭に、俺たちはダンジョンのさらに奥へと進んだ。
だが、その直後——
「ギャーッ!? 助けてぇぇぇ!!」
コボルトの群れに追われ、舞香が半泣きで悲鳴を上げながらこちらへ逃げ戻ってきた。
「おい、西条……!」
「わかってる。……王城さん、地上に戻ったらパーティ解散な」
「ダメぇぇぇ!! 嫌よ、一人で攻略なんて絶対に無理だもの!!」
「じゃあ何かないのか? 」
「……ぐぬぬ。分かったわよ! お祖母様に『危険な時以外は使うな』って言われてたんだけど……ッ!」
舞香がピタリと足を止め、迫るコボルトの群れに向き直った。
その瞬間、彼女の全身から溢れ出たのは——Dランクの生徒とは思えない、圧倒的な高密度の魔力だった。
詠唱も魔法陣も存在しない。
舞香が手をかざした瞬間、不可視の圧縮水流——無詠唱の『ウォーターカッター』が空気を引き裂いた。
シュッ——カ!
襲いかかってきたコボルトたちの首が、一瞬にして綺麗に滑り落ちて霧散する。
「……ッ!」
「マジかよ……ッ!?」
直哉と俺は言葉を失った。
無詠唱での属性魔術行使。
それはSランクの特待生ですら一握りしか扱えない超高等技術だ。
「はぁ……はぁ……疲れるのよね、これ……。どうよ! 参ったかしら!?」
肩で息をしながら勝ち誇る舞香に、直哉が引きつった笑顔で頷く。
「俺も……異議なしだ。あいつ、ヤバすぎる」
「おう。気が変わった、正式にパーティに参加してくれ。……ただし、その無詠唱魔法は『本当に危険な時』だけ使用な」
「えっ!? どうしてよ!? これを使えば楽に攻略できるじゃない!」
「ばあさんに『使うな』って言われたんだろ。高威力の無詠唱魔法を連発して魔力枯渇を起こすリスクもあるし、手の内を周囲に見せすぎるのも危険だ。自分の身を守るための切り札にしておけ」
「うぐっ……! そ、そうね……分かったわよ。そこまで言うなら」
自分の身を案じた指示だと気づいたのか、舞香は素直に頷いた。




