130話 無謀な挑戦と、灰燼の身代わり
アリエッタを取り囲むクラスメイトたちの輪から少し離れた廊下の端。
今泉が興奮冷めやらぬ様子で忍の腕にすがりつき、身振り手振りを交えながら鼻息を荒くしていた。
「忍ちゃん! あの子、やっぱりすごい子だよ! なんかこう……全身からバーンとして、胸がキューンとするっていうか!」
「そうですね。本当に……凄そうな方です」
忍は外面用の愛想の良い笑顔を貼り付けながら、相槌を打つ。
だが、その視線だけは冷静に人垣の向こうのアリエッタを捉えていた。
あれは、ただの人間ではない。
そんな忍の思惑など露知らず、今泉は目を輝かせて拳をぐっと握りしめた。
「うん! もしかしたら、あの子すっごく強いんじゃないかな!? 私、訓練のときに一度手合わせをお願いしてみたいかも! 挑戦したいな!」
「いいと思いますよ。私も全力で応援します」
にこりと優しく微笑む忍。
(ええ、ぜひ行ってください。あの女がどれほどの実力をこの学園で振るうつもりなのか……前線で測るモルモットになってくれるなら好都合です)
黒い打算を胸の奥に隠したまま、忍は親友の背中をそっと押した。
「うんっ! よーし、次の実技の授業が楽しみになってきたぞー!」
そして、その機会はすぐに訪れた。
◇ ◇ ◇
実技演習場。
生徒たちがそれぞれの訓練を始める中、今泉は意気揚々とアリエッタの前へ進み出た。
「アリエッタさん!」
「ええと……今泉さん、でしたか?」
アリエッタは小首を傾げ、ふわりと穏やかに微笑む。
「うん! 私と手合わせお願いでござるよ? ……なんちって!」
"My! How wonderful! A real Japanese ninja! It is my very first time laying eyes upon one!"
(「まあ! 素晴らしい! 日本の本物の忍者! 初めてお目にかかりました!」)
胸の前で両手を合わせ、少女のように瞳を輝かせるアリエッタに、今泉は慌てて両手をブンブンと振った。
「うぇぇ!? ごめんなさい、私、本物の忍者じゃないです! ただの冗談で……!」
「ふふ、分かっていますとも。少しからかっただけです」
悪戯っぽく笑うアリエッタに、今泉は「もう!」と頬を膨らませた。
「じゃあ、やろっか!」
気合いを入れ直した今泉は、腰の鞘から二振りの短刀を抜き放った。
手慣れた仕草で刃を構える姿を見て、アリエッタは顎に指を添える。
"Twin daggers, is it? I see... that is quite a rare sight around here."
(「双剣、ですか? なるほど……こちらではあまり見かけない獲物ですね?」)
「……? 忍ちゃん! なんて言ってるの!?」
見守っていた忍へ今泉が助けを求めると、忍は腕を組んだまま淡々と通訳した。
「珍しい武器だと言っていますよ」
「そうなの!? アリエッタさん、お願い! ジャパニーズ・オンリー、オーケー!?」
「あら、ごめんなさい。つい独り言が漏れてしまいました。では、始めましょうか?」
武器も構えず、ただそこに佇むだけのアリエッタ。
その無防備さに一瞬戸惑いつつも、今泉は床を強く蹴った。
「うん! いっくよーーっ! えいっ!」
低空を滑るような、目にも留まらぬ踏み込み。
今泉の放った鋭い刺突が、寸分の狂いもなくアリエッタの腹部を捉えた。
ズブッ……!
「ゴフッ……」
鈍い肉の裂ける音とともに、アリエッタの口から苦悶の息が漏れる。
「えっ!? わ、わっ……! ごめんなさい、私ッ……!」
手応えの重さと相手の反応に青ざめ、慌てて短刀を引き抜こうとした、その瞬間――。
刺されたはずのアリエッタが、ニヤリと妖しく口元を歪めた。
「はい、隙アリです」
「えっ……?」
ボッッッ!!
突き刺されていたアリエッタの身体が紅蓮の炎へと変わり、爆発的な灰を撒き散らしながら霧散した。
同時に、背後から音もなく伸びた白い指先が、今泉の首筋へとトンと触れる。
ドサッ!
急激な脱力感に襲われ、今泉は膝からその場に崩れ落ちた。
「うう……っ、身体が……動けないよ〜……」
「ふふ。手合わせの最中に情けをかけるなど、油断しては駄目ですよ? ……ござる、ござる♪」
悪戯っぽく笑いながら、アリエッタは涼しい顔でスカートの埃を払う。
地面に倒れたまま「むぅ……!」と唇を尖らせる今泉。
その背後で、一部始終を観察していた忍の瞳が、いっそう昏く冷え切っていった。




