126話 甘いケーキと、嗅ぎ分けられた異変
玄関の引き戸を開けると、温かい我が家の空気が迎えてくれた。
靴を脱ぎながら、居間に向かって声をかける。
「忍、帰ったぞー」
パタパタと小走りで廊下に出てきた忍が、いつものようにふわりと表情を綻ばせた。
「あっ、兄さん! お帰りな……?」
出迎えの言葉の途中で、忍の足がピタリと止まる。
その丸い瞳がスッと細まり、俺の首元から胸のあたりへ、射抜くような鋭い視線が向けられた。
「……どうした? 顔色悪いぞ」
「いえ……その、何でもないです」
口元にいつもの笑みを貼り直す忍だが、明らかに空気が張り詰めている。
ケーキの箱を抱えたまま、俺は軽く首を傾げた。
「うん? 何かあったらちゃんと言えよ? 兄妹なんだからさ」
「……はい。そうですね、兄さん」
どこか上の空の返事。
その背後から、足音とともに陽向先輩がひょっこりと姿を現した。
「あー! 後輩く〜〜ん!」
「うわっ、ちょっ……陽向先輩!?」
いきなり抱きついてこようとする先輩を反射的に押し留めるが、先輩はまるで大型犬のように俺の胸元へ鼻先を寄せてきた。
スンスン……
「あれぇ……? なんでぇ? なんで後輩くんから、他の神様の匂いがするのぉ……?」
「……は? 神様?」
「ッッッ……! ほら、陽向先輩!? こっちです、あまり兄さんにベタベタしないでください!」
目にも留まらぬ速さで忍が割り込み、先輩の襟首を掴んで強引に引き剥がす。その手には青筋が浮かんでいた。
「だ、だって忍ちゃ〜ん、後輩くんがぁ……」
「静かにっ! ……兄さん、すみません。少し女子だけで『お話』がありますので、失礼しますね?」
「お、おっ……おう?」
笑顔を浮かべた忍は、陽向先輩の口を片手で塞ぎ、引きずるようにして奥の和室へと連行していった。
ピシャリと激しい音を立てて襖が閉まる。
残された俺は、静まり返った玄関ホールでぽつんと立ち尽くした。
「……何だったんだ一体。まあいいや、とりあえずケーキは冷蔵庫だな」
不穏すぎる女子の秘密会議を他所に、俺は買ってきたショートケーキを冷やすべく、呑気にキッチンへと向かった。




