125話 路地裏の邂逅とケーキの箱
進級を目前に控えた、束の間の春休み。
街の洋菓子店で白い箱を受け取り、俺は歩道を歩いていた。
(今日は、忍にケーキでも買って帰らないとな)
陽向先輩の居候が始まってからというもの、家の中は奇妙なバランスで保たれている。
なぜか機嫌が良い忍だが、いつ機嫌を損ねて爆発するか分からない。
機嫌取りのショートケーキは必須アイテムだ。
そんなことを考えながら角を曲がった瞬間——ドンッと、正面から歩いてきた人影と肩がぶつかった。
「おっと……大丈夫ですか?」
慌てて声をかけ、相手の様子をうかがう。
ぶつかった反動でよろめき、その場に手をつきかけたのは、どこか異国情緒を漂わせる美しい女性だった。
"My, you have quite a solid core, don't you?"
(「結構、体幹がお強いのですね?」)
流れるような発音の外国語。
何を言っているのかさっぱり分からないが、とりあえず倒れかけた人を放置するわけにもいかない。
俺はケーキの箱を抱え直しながら、空いた手を差し出した。
(なんて言ってるんだろう……とりあえず起こすか)
「ほら、手掴んでください」
差し出された俺の手を見上げ、その女性はふっと妖しく目を細めた。
"Oh? Hehe, lending a hand to a stranger? A wonderful heart. You shall certainly be loved by God."
(「あら? ふふ、手を貸してくださるのですね? よい心がけです。きっと神様に愛されることでしょう」)
その冷たい指先が俺の手に触れた瞬間、ほんの一瞬だけ、背筋に奇妙な悪寒が走った。
まるで、忍や陽向先輩と対峙したときのような、あの得体の知れない気配。
「お、おう……急いでるんで、悪いですけどもう行きますね!」
違和感から逃げるように手を離し、俺は足早に歩き出した。
背後から、澄んだ声が穏やかに追いかけてくる。
"Yes, go in peace... as God guides you."
(「ええ、どうぞ……神の導くままに」)
「……?」
振り返ると、人混みの向こうにその姿はもうなかった。
首をかしげながら、俺はケーキの箱を抱え直して家路を急いだ。




