おまけ:軽薄な男と、眠れない夜
「仕事で数日空けるけどよ。しばらく俺がいなくてもいけそうか?」
「……別に? うるさい人がいなくなって、むしろせいせいするわ」
「ひっど! 俺様がいねぇと寂しくて泣いちゃうんじゃねぇの〜?」
大げさに肩を落とす男を、私は冷たい目で見送った。
せいぜい静かな夜を堪能してやる、そう思っていたのに。
——その日の夜。
『違うの……っ、捨てないで、お願い……!』
ばっ! と跳ね起きる。
冷や汗でシーツが肌に張り付いていた。
荒い呼吸を整えながら、暗い天井を見つめる。
「はぁ……はぁ……っ。また、見たわね……」
男が毎晩悪夢を吸い取ってくれていたせいで、忘れていた。
彼がいなくなれば、あの底知れない孤独と拒絶の夢が、容赦なく私を苛みに戻ってくるのだということを。
「……何が『いけそう?』よ。バカ……」
誰もいない冷え切った部屋に、私の震える呟きだけが落ちた。
翌日の夜。
部屋にいても悪夢の余韻が消えず、私は当てもなく夜の街をブラブラと歩いていた。
歓楽街のネオンが滲む路地の角。聞き覚えのある軽薄な声が、ふいに耳に飛び込んできた。
「アズちゃん、今日も超かわいいっしょ!」
「えー、本当ですかぁ? 嬉しい〜! なら、このあとアフター付き合ってくれたりしますぅ?」
「それはダメっしょ〜。店にバレたら契約解除されちゃうし?」
「大丈夫ですよぉ、内緒にすればバレないし〜!」
派手な格好をした女の子と、ヘラヘラと笑いながら肩を並べて歩くあの男の姿。
私はその場にピタリと固まった。
心臓がぎゅっと握りつぶされたように痛い。
視線に気づいたのか、男がこちらを振り向き、目を丸くした。
「あれ? 楓ちゃーん! もしかして寝れない感じ? ……ちょっと待ってて、一旦戻ろうか?」
悪びれもせず、いつもの調子で近づいてこようとする男。
私の胸の奥で、行き場のない怒りと、裏切られたような情けなさが一気に爆発した。
「……もういい!!」
「……え?」
「帰ってこないで、大っ嫌い!!」
叫ぶなり、私は踵を返して夜の闇の中を無我夢中で走り出した。
「ちょ、えええぇぇぇ!? なんでぇぇぇ!?」
背後からパニックになった男の情けない叫び声が聞こえてきたけれど、私は一度も振り返らなかった。




